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作業中のBGMを探す旅の果てOTTAVAに辿り着いたお話

2015年にブログに書いた記事です。#わたしが応援する会社 に参加したく、noteに転記します。今も同じ会社を応援し続けています。今の状況に合わせて新しく書きなおそうかとも思いましたが、これはこの時の私の思いそのままなので、少し治すだけにしました。応募期間中に間に合えば、さらに新しく記事を書きたいと思います。

以下転記です。

作品を作る時は、ただひとりで黙々と作業に向かっています。
そういう時は、何にも音を鳴らさない環境でひたすら没頭するのもよろしいのですが、やっぱり少々気がまぎれるものがあると作業の疲れも軽減するというもの。それで色々と快適に作業できるようBGMのくふうをいたします。

まずTVは最初から選択肢になし。
私はしばらく前からTV番組というものを観なくなりました。
以前はどっぷりと依存していたものだったのですが。
いつからかその音と映像で発信されているものに耐えられなくなってきてしまいました。私が変化したからなのか、発信されているものが変化したからなのか、わかりません。

それでまずCDをかけてみました。
これは最初は良いのです。好きな音楽を聴いて耳と心が喜ぶ。
でも同じものを何回もリピートしてると飽きてきますし、一枚終わって取り替えるのが面倒。何枚も入れておいて勝手に替えてくれる、なんていい機器は持っていないのですし、手持ちのCDを繰り返し聴いていてもネタは尽きてきます。

やっぱりラジオかなぁ、と、ポケットラジオのようなものをしばらくはつけていたのですが、どうも満足できる番組をやっていない。単なるBGMなのですから満足する必要なんかないのですが、そこが贅沢なのです。心地良いものであって欲しい。

どれもいまひとつで、しばらくは何の音もなくひたすら黙々と作業をしていましたが、やっぱり煮詰まって苦しくなってくるものです。

ある時インターネットラジオ、というものがあるというのを聞きつけて、タブレットにアプリを入れ込んでNHK-FMなどを流しておりました。
FM放送、たいへんよろしいのですが、雰囲気が番組によって全然違う。クラシックありポップスあり落語あり浪曲あり。バラエティに富んでいるのは豊かな素晴らしいことですが少々落ち着かない。クラシックだけを淡々と聴かせてくれるところはないのかいな、有線使わなあかんのか?と探して行き着いたのがOTTAVAというインターネットラジオでした。

コンテンポラリークラシックステーションOTTAVA
クラシックがずーっと鳴っていてそれも何やら軽やかな雰囲気です。
ときどき人がお話をする時間帯もあるようで、作業をしつつ耳を傾けていると、これがまた、まことに面白い。プレゼンターというDJのお役目の人たちのお話も面白いし、リクエストをしてくるリスナーの人たちがまた面白い。

クラシックに関する専門的な話がえんえんと続く、というような少々入りづらい世界ではなく、明るくて開かれていて何も強制しなくて誰のことも責めないしおとしめない。
穏やかでほがらかで心地の良い世界がひろがっているのです。

作業をする間ばかりか朝起きた時からお風呂に入る時までずぅっと聞き続け、すっかり生活の一部となり、これがないとやってられない、という状態になるのに一ヶ月とかかりませんでした。

OTTAVAに辿り着き、軽やかで清々しい世界に魅了されて毎日毎日ずっと聴くようになりました。もはや作業中のBGMなどというものではなく空気のようなものです。(無いと窒息してしまう)

みずから積極的に音楽に関わってゆく、ということを人生の中でほとんどしてきていないので、クラシックにまったく詳しくはなく、せいぜい学校の授業で聴いた曲やよく耳にする曲ぐらいしか知らないけれども聴いているのは心地よいので好き。それぐらいの状態の私のような人には、OTTAVAはまことにうってつけの放送なのです。

名曲を深く掘り下げてゆく、とか、名演奏にこだわる、とか、従来のクラシックの世界では大切にされてきている(よく知りませんが)方法はとらず、どんどん音楽をながしていく。長い交響曲を全部ではなく一楽章のみ、など一部だけ流す。別々の曲をつなげて流す。すべての曲が並列で次々と出てくる。音楽の洪水です。

その洪水に(作業などもしつつ)耳を傾けていると、知らない曲がほとんどなのですが、時々、耳で聴き知っていて気になっていたものに出会うことがあります。その時は雷に打たれたように、曲の名前や作曲者名を知りたくなります。

「ああ、これ、この曲!なに、これなに!!何ていうのッ!!?」と興奮気味にHPを開くと、そこでちゃんとタイトルと作曲家名を調べることが出来るのです。情報さえわかれば偶然を待つことなく、みずから探して手に入れていつでも聴くことが出来るようになります。

全く知らなかった曲が流れてきて心が動き、吸い寄せられるようにして作業の手を止めて聴き入り、その曲に関する情報を得ることもあります。新たな情報を得ることは、この世界を生きる翼を得て自由になるということ。

OTTAVAを聴くことで、新しい好ましい服を箪笥に入れていくように、自分の内側にある引き出しの中に、どんどん新しい好きな音楽が増えていきます。好きなものが増えれば増えるほど、こころは強くなっていきます。

作業中に聴くBGMを探していて出会ったOTTAVAを聴くうちにすっかり虜となり、毎日、作業中のみならず家にいる時間ほぼすべてOTTAVA漬けとなって数週間。

音楽を流している時間と人が話している時間があって、プレゼンターという人たちがお話をしている時間は毎日決まっていて、夜は生放送で毎日違う人がお話をしていて、昼間はその再放送をやっているのだ、ということにだんだんと気がついてきました。(2015年時点のお話です、今はもっと生放送が増えています)

OTTAVA Saloneというタイトルの生番組は、プレゼンターがリスナーから送られてきたリクエストやメッセージをもとに音楽を流したり読み上げたり、という、ラジオ番組としては定番な形式のものですが、扱っている音楽が基本的にはクラシックである、というものです。

そのプレゼンターとリスナーとの楽しげなやりとりを聴いているうちに、どうやらこのOTTAVAという世界は一度失われて、つい最近そこから復活してきたばかりで、その苦しみを分かち合った人々が苦難を乗り越えた今を共に喜んでいる状況なのだな、とわかってきました。

以前は東京の某大きな放送局の中にあって放送されていたものが、何かの事情で続けられなくなり、自力で放送局を立ち上げて自前のスタジオを作ったばかりであると。

そしてそのスタジオは、リスナーからの支援で実現したのであると。

放送局のスタジオというものを作るのにどれくらいのお金が必要になるものかわかりませんが、大きな放送局との縁がなくなり収入源がない状況からのスタート。なかなか大変な話です。

それをあえてやろうとする動機って一体?と思います。なぜそこまで?と。

儲けが見込める商売で起業するというのとは違うのです。放送局なのですから。

勝算が全くないのに荒海に乗り出した、などという無謀なことではもちろんなく、それなりの目処があってのことなのでしょうが、大変なことにかわりはない。

わざわざそんな事を人がやる時に背景にあるものは、やっぱり「愛」なのかな、と思います。

音楽への愛、放送の送り手と受け手の間にはぐくまれてきた愛、もしかすると音楽によってこの世界をより良い場所にしたい、という愛。などなど。

こういうものが背景にあるとしたら、そりゃあ人はがんばれるものでしょう。

放送を聴いているうちにおぼろげにわかってきたOTTAVAの状況。大きな放送局との縁がなくなり、収入源がない中で独自のスタジオを作ってクオリティの高い放送を続けている。それをリスナーが支えている。ということのよう。

スタジオはリスナーからの支援(スポンサーシップというものをやっていたのです。受付は終わっています。)で実現し、年に一度の音楽のお祭り、ラ・フォルジュルネへの参加もそれで賄うことが出来たという事なのです。(※2015年の時点でのお話です)

支えてしまうリスナーも凄いですが、支えられてしまうOTTAVAも何だか凄い。これだけの支持が集まるのは、今までにそれだけの仕事をして来ているということなのだろうなぁ、と感心してしまいます。愛のある仕事をしていると愛が返ってくる、という実例を見せて貰った感じです。

志のある仕事には支援が集まってくるという世の中になっているのかもしれません。そうだとすると、とても嬉しいことです。

私はOTTAVAを聴き始めてまだ二ヵ月半ほどの新米リスナーなのですが、もはやOTTAVAにぞっこん状態ですので、有料チャンネルに会員登録し、スポンサーシップに参加し、HP経由の買い物をし、と、いそいそとOTTAVAを支えようとしています。

自分に出来ることはほんの僅かな事ですが、志を同じくする他の人たちと一緒に(会ったことはなくても)大切にしたいものを支えられるというのは嬉しい事ですし、こういう世界の片棒を担ぐことが出来るというのは自分自身の誇りともなるものです。

OTTAVAを誰にでもすすめられる、とまでは申しませんが、クラシックからわりと遠いところにいるけど聴いてみたいとは思っている、心が動くようなことは大好き、という方には一度ためしに聴いてみられませんか、とおすすめしたいところです。

私は聴く事が習慣になる前とは世界の色が変わりました。いつも何かふかふかと愉しい心持があって、受け入れられない事が少なくなったと感じます。音楽という薬のおかげでしょうか。

パソコンでもスマホでもタブレットでも、騙されたと思って、一度聴いてみてください。人生が愉しくなるかもしれません。

インターネットラジオOTTAVA

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