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職域救急シリーズ 第3回

今回はいわゆる臨床の救急現場に近い話ではなく、産業保健現場の本丸ともいえる「予防」の視点にたって、将来の救急疾患リスクとなり得るお話ができればと思い、書いてみました。なお、事例は筆者の経験をベースとしつつも架空のものです。


【事例】

40才男性(以下Bさん) 
総合貿易会社の事務職員。肥満なし、糖尿病なし、高血圧なし。飲酒習慣なし、運動習慣あり。喫煙者 20本/日x20年。当社では、保健師が定期健康診断の結果がでた直後に、社員への全員面談を行っている。Aさんと保健師の面談場面。

保健師
「Aさん、こんにちは。今年もよろしくお願いします。今年の結果もまずまずですね。禁煙されるとなおよいですけどそこはどうですか?」
Aさん
「タバコは子供の頃から身近でね。親父が家でずっと吸ってたんです。だから全然抵抗なくて。匂いがダメって人いますでしょう。ところが私は逆でね、この匂いが子供の頃も思い出し、心地よいのです。だから止められません。」
保健師
「なるほど、過去の良い思い出と結びついているのですね。ところで、お父様は今もお元気なのですか?」
Aさん
「私が中学3年の時にいきなり自宅で大きないびきみたいな呼吸をし始めたかと思うと全身痙攣し始めて、ビックリしましたよ。慌てて母親を呼んで救急車ですよ。そのまま病院で亡くなりました。心筋梗塞を原因とする心室細動と言われました。45才でした。」
保健師
「ごめんなさい。辛いこと思い出させてしまいましたね。タバコはこれくらいにして、定期健康診断の採血で唯一所見があるのが、このLDLコレステロール値です。今年は277です。過去10年も大体同じような値で推移しています。毎年、要医療の判定になってますね。」
Aさん
「毎年病院行け行け言われるんで、近くの内科クリニックを前に2件ほど受診したんですけど、薬は勧められますよ。でも、なんか薬って副作用怖いからできれば飲みたくないって言えば、あっさり、では食事気をつけてくださいねと言われて終わりましたよ。」
保健師
「確かに、Aさんの受診報告、うちの健診システムにも記録されてますね。産業医も主治医がそう言うならそれでいいかと判定していました。あ、そういえば、今年から、うちの産業医変わったんです。なんか、産業医を専門に請負う会社をやっているそうです。私の方から、Aさんのこと新しい産業医にも相談してみていいですか?」
Aさん
「わかりました。よろしくお願いします。」

【問】産業医の対応

さて、この新しい産業医は保健師からこの報告をうけてどのような対応をとったと思われますか? 2024年9月21日

(続きです 2024年9月22日)

新しい産業医は、Aさんとの面談を早速設定した。

産業医
「Aさん、まず最初に確認させてください。すでにLDLコレステロール高値について、いくつか医療機関を受診されているとのことですが、そこで、家族性高コレステロール血症(以下、FH:familial hypercholesterolemia)の可能性を説明されたことはありましたか?」

Aさん
「いえ、漠然と体質、遺伝などのお話はありましたが、ピンポイントにそんな病名で説明は受けていません」

産業医
「なるほど、なるほど。よくわかりました。FHについて少し説明させてくださいね」

(以下、FHについて説明)

家族性高コレステロール血症(FH)とは?

日本動脈硬化学会

Aさん
「へえ、ヘテロ型の人は、意外に多いのですね。そういえば父親も45歳で心筋梗塞でしたし、私も40歳になったところだし、心疾患には気をつけていなかいと考え始めていたところでした。ありがとうございます。」

産業医
「そうなんですよ、意外に多いんです。医療者の間でもFHの認知度はそれほど高くないのかもしれません。医師会雑誌にこんな啓蒙がされてるぐらいですからね。

見逃していませんか?「家族性高コレステロール血症」

日本医師会

産業医
「では、FHかどうかの視点にたって診断と治療を行える医療機関へ紹介状を作成しますので、今度はそこに行ってみてください」

後日、紹介先医療機関から産業医宛に、返書が届き、FHと確定診断のうえ、投薬加療が開始されたことが記載されていた。

産業医実務において、LDLコレステロール高値それだけで直ちに就業制限の適応にはなりませんし、病院受診したうえで、食事療法や治療不要と本人が説明を受ければ、産業保健側から、もう一歩踏み込んだ対応はやりにくいのが実情だと思います。

産業医のミッションとして、職業関連性疾患の発症予防に努めることがあります。就労に関連する心疾患発症予防の産業医介入は、何も目に見えやすい「過重労働」「心理的負担」だけではありません。健康診断結果情報から、長いタイムスパンでその発症予防にコミットすることも大切だと考えます。
産業医は、

1)FHを疑えること
2)疑った場合は確実に対処してもらえる専門医療機関につなぐこと
 

が大切だと考えます。 これが今回の問に対する私の見解です。

以上です。ありがとうございました。