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後日譚 : ショパン「告別のワルツ」と世界初録音



幸せの絶頂で作られたワルツのはずが

ショパンが婚約者マリア・ヴォジンスカとの蜜月に作った変イ長調のワルツは、後の婚約破綻によって「告別のワルツ」と呼ばれるようになるのは有名な話です。
しかし不思議なことに、このワルツはもともとそういう運命であったかのように清純で痛々しく憂いのある旋律がショパン作品の中でも特に
この作品はショパン存命中には発表されなかったので作品69-1(遺作)と表記します。「告別のワルツ」は技巧的に初心者でもなんとか弾けるような曲で筆者も初めてショパンはこの曲でした。しかし、メロディを気品高く歌わせるのは非常に難しく、技巧ではカヴァーできない音楽センスが浮き彫りになってしまう怖い曲でもあります。


ショパンの孫弟子による演奏

淡くロマンティックなムードの「告別のワルツ」は、ショパンの中でもとても大人気曲で、古い時代から沢山の録音がありすが、公式に発売されたレコードの世界初録音は1911年のパリで仏グラモフォンの78rpmレコードとなります。(*1)
演奏者はフランスのピアニスト、Lucien Würmser (1877-1967)。Charles-Wilfrid de Bériot (1833-1914)の弟子であり、ショパンの弟子であるEmilie Mile. Decombs にも学んだのでコルトーと同門、ショパンの孫弟子となります。

Lucien Würmser (1877-1967)

ヴュルムゼルはピアノ曲の作曲や室内楽の伴奏や指揮、楽譜の校訂などを行い、バレリーナのパヴロヴァとの親交は晩年まで続きました。ショパンやドビュッシー、サン=サーンスなどを得意としたピアニストで、現在でも78rpmディスクやピアノロールでピアノ演奏を少しだけ聴くことが出来ます。

このヴュルムゼルによる世界初録音は、「GREAT CHOPINZEES」というショパンを偏愛した超個性派ピアニストたちのアンソロジーに収録しました。またピアノロールの方は、浜松楽器博物館にサクラフォン所蔵のヴュルムゼルなど仏ピアニストや作曲家のロールを持ち込んで、ヴィンテージ・スタインウェイのグランドで再生にて製作した「ウェルテ・ミニョンによる19世紀の仏ピアニズム」に収録しましたので、ご興味ある方はぜひ聴いてみてください。

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様々な解釈で表現できるからこそ

ヴュルムゼルによる「告別のワルツ」の演奏はレントより遅く。このうら淋しいワルツのエピソード通りの印象が心に残るとても素敵な演奏です。世界初録音がこうした一流のピアニストによる演奏で残されているのは特筆すべきでしょう。
このヴュルムゼルの優雅なテンポと対照的な解釈をしているのはリストの愛弟子ベルンハルト・シュターフェンハーゲン(Bernhard Stavenhagen, 1862.11.24.-1914.12.25.)です。「告別のワルツ」のピアノロールを残していますが、これはロールのテンポ記述ミス?かと思うほどの早いテンポを採用しています。ロール再生で聴くとかなりの違和感を感じますが、実際の演奏ではこのテンポでも成立するようなニュアンスで演奏された可能性も高いと考えています。
ショパンほど、さまざまな解釈で演奏される作曲家は稀ではないでしょうか。だからこそショパンは多くの人に愛されるのです。

「告別のワルツ」後日談

ここで一つ「告別のワルツ」のロマンティックなエピソードをご紹介することにしましょう。
レシェティツキ門下 オーギュスト・ド・ラドワン(Auguste de Radwan, 1867-1957)が神童時代に慈善演奏会で「告別のワルツ」を演奏した時のこと。演奏を終えたラドワンに一人の高齢な御婦人が近づき、耳元でこう囁きました。
「このワルツはショパンが私に贈ってくれたのよ」
この御婦人こそ、マリア・ヴォジンスカだったのです。
ラドワン自身もロマンティックな人生を送ったピアニストで、90歳で亡くなるまで、30歳以上も歳の離れた失恋した恋人の写真を肌身離さず持っていたそうです。

このマリア・ヴォジンスカとのエピソードはラドワン本人も好んでステージで話しており、それを客席で聞いていた伝説のショパン弾きであるヴィクトル・ジル(Victor Gille, 1884-1964) が自身の回想録の中で語られています。

注釈

(*1) 未発売の録音にはレシティツキ門下のマーク・ハンブルグ(Mark Hambourg, 1879-1960)による1910年1月3日録音の記録が残されています。


皆様からいただいたサポートは、ピアノ歴史的録音復刻CD専門レーベル「Sakuraphon 」の制作費用に充てさせていただき、より多くの新譜をお届けしたいと思います。今後ともよろしくお願い申し上げます。