怖い話の寝室

「自宅マンションでゾーッとした、ハイヒールの足音」の続き

じつは、「住宅評論家が自宅マンションでゾッとした、ハイヒールの足音」の話には、続きがあった。

その後も家の中で、奇妙な出来事が続いたのである。
妻が寝室で寝ていると、リビングのほうから寝室に向かう足音がするので目が覚めた。それは、ハイヒールではなく、柔らかい足音で、夫(私)が仕事を終えて寝るのかな。そう思ったが、足音が止まったまま、寝室に入ってこない。私の足音ではなかった。
あるときは、朝寝をしている私を起こす声がした。
「幸雄さん、起きて」
何度も起こすので、ムッとした。
「今日は仕事がないので、ゆっくり寝るといってあっただろ!」
「幸雄さん、起きて」
何かあったのかなと思い、ベッドから出てリビングに行くと、誰もいない。家の中には誰もいなかった。
何より頻発したのは「目の端をなにかがフッと横切る」(と思われた現象)。アレ、と思って凝視すると、何もないという経験を妻も私も度々した。
いずれも、「気のせいだよ」と言われれば、それまで。空耳だったのかもしれないし、錯覚だったのかもしれない。
ただ、その後、引っ越してからは、2人ともそのような現象が一切なくなったので、あの住戸特有の出来事としか思えない。

あきらめて、不思議な現象を受け入れた

で、私たち2人は、どうしたのか。
あきらめて、共生することにした。
「この家は、ときどき目の端を何かが横切るよね」
「そうねえ」
である。そんな家が世の中に多いのかどうかは気にせず、何かがいる(ある?)ことを認めて、暮らしを続けた。
といっても、朝寝をしている私が何かの声で起こされた事件の後、妻は誰もない室内に向けて本気で文句を言ったそうだ。
「アンタねえ、家の中にいるのはいいよ。それはかまわないけど、人に迷惑かけないでよ」
それ以後、ときどき「目の端を何かが横切る」ことはあったが、無理矢理起こされるようなことはなくなった。

思えば、それは新たな人生の足音だったのか

不思議な現象は、私が最初の本を書くときから現れた。
本を出版して3ヶ月後、2000年3月にラジオの文化放送から週一のレギュラー出演の話が来て、それは1年半続いた。最後は、2001年9月、アメリカ同時多発テロが起きた後までだった。
ラジオのレギュラー出演はあったものの、独立直後の仕事は細々としたもので、出版するアテのない原稿を書き続ける日々もあった。金銭的にも精神的にも苦しい状態が続き、鬱状態になっても不思議ではなかった。
そのとき、家の中にいた“何か”が悪意を持っていたら、簡単に取り憑くことができただろう。しかし、そのようなことは起きず、売れない日々(結局、5年続いた)を乗り越えることができた。
そう考えてみると、ハイヒールと共に訪れた何かは、決してわるいものではなかった。
まあ、たまに、いたずらをすることはあったが……苦しい日々を見守ってくれた。私にとって「ハイヒールの足音」は、新たな人生の足音だったのかもしれない。



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