病気治したくない心 漢方診療日記㊾

心と身体は一体だとよく言われる。漢方の世界では「心身一如」などと言われる。一般にはストレスを受けると身体に悪いなどの意味で捉えられていることが多い。でも漢方診療をしているとそんな症例を沢山経験する。

 二四歳女性 事務職 5年ほど前から膠原病で病院に通院している。症状が改善されない為、漢方外来に来院した。話を聞いてみると「痛みで仕事もできない状況だ」という。早く復帰したいという。1年の通院後、膠原病の症状は軽快し働けるようになった。暫くして彼女は漢方外来に来なくなった。症状も改善したこともあり私は安心していた。
 ところが、2年して彼女が難治性の頭痛で来院した。どこの西洋医学の病院でも良くならないという。現代医学で検査しても全て正常だという。精神科に紹介されそうになったが、断ったという。そして以前、膠原病でお世話になったことから私の外来に来院した。
 何回目かの診療日、少し時間が会った為、彼女とゆっくりと話をすることが出来た。いろいろな雑談の中から、私は「彼女は病気を治したくないのではないか」と考えるようになった。それとなく確認すると、やはり彼女は「病気の時はみんなが優しくしてくれて安心だ」という。「病気が治れば働けるか不安」ともいう。そんな彼女は5年以上、いろいろな病名で医者にかかっている。
 彼女は表面意識では、病気は治したいと思っている。そのため、私の外来にも通ってくる。しかし、意識下では、病気でいる方が安心、つまり病気を杖に使っているようなのだ。      
それ以降の外来で彼女にそのことを自覚させようと徐々に話をしていった。「病気でなくても人は優しくしてくれること」を少しづつ分からせた。半年経った頃、彼女の頭痛は少しずつ消えていった。
 人の行動の8割以上は無意識下の心が決めていると言われている。病気は治さなければならないことは、常識として彼女は認識していた。そして病院にも来ていた。でも、日常生活での食事や入浴で身体を温めるなど自分の身体を気遣うことはしなかったらしい。現在彼女は、元気に事務職に就いている。ここ数年は健康だという。
 彼女のような分かり易い例だけではなく、身体に悪いと分かっていながら酒の量が多かったり、食事の塩分が濃すぎたり、また危ないことも分かっていながらクルマのスピードをつい出してしまったりすることがある。これらの行為の一部は心に原因があるようだ。あらためて自分自身を見つめ直してみるといつもの自分の行動の理由が分かるかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?