桜樹 みなみ

作家として活動中★ 日常の一コマを様々な視点と角度から、物語として紡ぎます★ 毎週月曜…

桜樹 みなみ

作家として活動中★ 日常の一コマを様々な視点と角度から、物語として紡ぎます★ 毎週月曜日・短編小説『花暦シリーズ』を更新します★ Instagramでは恋愛小説を中心に公開しています★ 島根県松江市在住/愛猫家/読書好き

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9月「曼珠沙華のうた」⑫

 目の前に広がる田園に咲く白い花。誰もが知る赤い花に交じって黄色やオレンジ、ピンクの色をしたものの中に、朝日を浴びてひと際白く輝いている。姉もこの風景を見ながら歩いたんだろうか・・・そう考えながらあぜ道を歩いていく。ここを歩きながら眺めた景色は1人で見たのか、それとも2人だったのか、手掛かりは一つもない。ただ姉の友人から聞いた話を俺は思い出していた。姉が婚約者と別れようと悩んでいたという理由を。  どうして気づかなかった? なんでもっと話をしなかった? 本当に幸せそうな顔だっ

    • 9月「曼珠沙華のうた」⑪

       姉との突然の別れに茫然としていた。最後に投げかけた質問の答えも結局、言葉として返ってはこなかったけれど、姉が最後に遺した1輪の白い花を手にそっと握ると、涙を拭って立ち上がる。キッチンの棚の奥を探り、適当なガラス瓶に水を注ぎ、先ずはその花を挿した。きっと何かしらのメッセージをこの花に託したのなら、この花を枯らすわけにはいかなかった。次に自分のスマホを取り出して、白い花の写真を撮って、SNSに投稿した。何でもいいから情報が欲しかった。自分でもネットで検索していると、SNSを通し

      • 9月「曼珠沙華のうた」⑩

         幼い頃からずっと一緒だった温もりが、確かにその一瞬は感じられた。まるで護られているようにぎゅっと抱き締められていて、存在も目の前に確かにあるはずなのに、俺の知っている…記憶しているそれとは何かが違う、そう感じていた。 「ごめんね、朔。ごめん…ずっと一緒にいてあげられなくて、ごめん。姉ちゃんもこの先ずっと、どんなことがあっても一緒だって思ってた。朔のことをずっと見守るつもりでいた…でも結局それは叶わなくなった。本当は朔の姿をちょっと見られたらそれで十分だって思ってた。でも…や

        • 9月「曼珠沙華のうた」⑨

          「どうしてだろう・・・言うだけあって手際も良いし、出来上がった料理も美味しいし、勝ち負けじゃないと分かっているけど、悔しいし何かずるい」  2人で囲む久しぶりの食卓、お酒を飲んでいるわけでもないのに、姉はもう何度も同じことを言っては、俺に絡んできた。 「作り慣れてるせいもあるよ。姉さんはずっと仕事で忙しくしてた分、飯は俺の担当だと思ってたし、やり始めたら意外に楽しかったし、やっぱり美味しいもの食べさせたいし、食べたいじゃん。味を追求する・・・まではいかなくても、それなりに凝り

        9月「曼珠沙華のうた」⑫

        マガジン

        • 花暦シリーズ
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          9月「曼珠沙華のうた」⑧

          「姉さん、いいよ。無理しなくて」 「朔?」  姉は俺をただじっと見つめている。その様子は次の言葉を待っているように見えた。本当はずっと聞きたかったことも言いたかったこともあったけれど、それを口にしたらいけないんだと、俺の脳裏で何かが騒ぎ立てていた。もしもそれを聞いてしまったら、言ってしまったら、ずっと二人きりで過ごしていた姉弟の時間が終わってしまうような…そんな気がした。だから、俺は浮かんでは消えていく言葉をもう一度吞み込んだ。 「何か言いたいこと? ご飯の後でもいいかしら?

          9月「曼珠沙華のうた」⑧

          9月「曼珠沙華のうた」⑦

           声を出すわけでも押し殺すわけでもなく、ただこちらを向いたままの姉の目から流れる涙に、俺はどうしたらいいのか分からなかった。殴られたあの日、姉が泣いた日でさえ、俺はたじろぐばかりで気の利いた言葉のひとつもかけられなかった。こんな時が今まであったかどうかは分からないけれど、俺の脳裏にふと一人の人物が思い浮かんだ。 「姉さん、ごめん。今までも今も、何にもできなくて。世話ばっかかけてる、情けないけど。こういう時、風間さんなら…姉さんに寄り添ってあげられるかもしれないけど…俺、ずっと

          9月「曼珠沙華のうた」⑦

          9月「曼珠沙華のうた」⑥

          「姉さん…?」  声をかけても、無言で俺をぎゅっと抱き締めたまま動かない姉。俺の視界には姉の背中しか入らないせいで、どんな表情をしているのか分からないけれど、何かに必死に耐えているようにも見えた。  幼い頃は姉の方がずっと背も高く、背中も大きく見えたのに、背丈は中学生くらいでとうに超えていたし、気づけば姉が小柄に感じるほどになっていた。いや、元々大きい方ではなかっただろう。あくまで幼い頃の俺から見て、大きく見えただけで、姉はきっと平均よりも少し小柄なんだと思う。抱き締められて

          9月「曼珠沙華のうた」⑥

          9月「曼珠沙華のうた」⑤

           両親が居ないことで、学校で誰かにいじめられたりしたことはない。だから学校で何か問題が起きたなんてことは一度もなかったし、悪意のある人間に会ったとすれば、それは他人より身内の方が多かったのだ。親戚が集まれば、心配と称してあることないことを口にしたり、陰でコソコソと言う大人たちを目にしてきた。それもほとんどが姉に対する物言いのように、当時中学生だった俺には聞こえた。両親が亡くなったあと、祖父母は健在ではあったが、既に叔父や叔母と一緒に暮らしていたり、施設に入っていたり、俺たち姉

          9月「曼珠沙華のうた」⑤

          9月「曼珠沙華のうた」④

          「…姉さん?」  どこか遠くへと視線を向ける姉の眼差しと姿に、不安が湧き起こった。確かにここに居るのに、夢じゃなかったのに、頬をつねられた痛みも額に当てられたひんやりとした手も、確かに感触があったのに、なぜだか目の前の姉の姿を目にしていると、ここではないどこか遠くに居るようだった。 「…人ってさ、いざとなったら意外な力が出たりするのよね。重かったけど、何とか運べるものね…」 「え…姉さんが運んだの? ここまで?」  今にも儚く散ってしまいそうな存在に見えた姉の口から出た言葉に

          9月「曼珠沙華のうた」④

          9月「曼珠沙華のうた」③

           目の前の人物をはっきり捉えておきながら、俺は信じられないものを見るかのように凝視する。ずっと行方不明だった姉が目の前にいるのだ。それも捜索願いを出したばかりの人物が。これは夢なんじゃないかと疑っていると、口には出していないはずなのに、これは夢じゃないんだと言わんばかりに、姉は俺に近づいてきて、俺の頬をつねった。 「なんれ?」 「つねってほしそうにしてたから」  姉はフッと笑みを漏らして、俺の頬をつねった後、鼻をぎゅっとつまんですぐに離れた。 「え、なんで?」 「…そこに鼻が

          9月「曼珠沙華のうた」③

          9月「曼珠沙華のうた」②

           背筋へと冷たい滴が流れ落ちる。それが傘から落ちてきた雨粒なのか、自分の冷や汗なのか分からない。ただ頭の中には危険信号のように恐怖が湧き起こった。 「いやいやいや、雨で視界が悪いだけだ。どこかで曲がったか、あるいは反対側か…俺が気づかないだけで、向こうが避けてくれたとか…そうだ、何でも悪い方へ考えるのはよくない…そう、良くない」  独り言のように小声で自分に言い聞かせるも、一度湧き起った恐怖はなかなか消えてくれない。足早に家へと歩き出そうとした直前、か細い女性のような声と共に

          9月「曼珠沙華のうた」②

          9月「曼珠沙華のうた」①

           あれはよく雨の降る日の出来事だった。  中学生の時に両親を事故で亡くし、それからずっと姉と二人で生きてきた。俺にとって、6歳上の姉は親代わりでもあった。そんな姉が一人旅に出たのは2カ月も前の話だ。正確に言えば、現地で彼と落ち合うという話だと最初に現地から届いたハガキに記してあったのを記憶している。  姉はいつも自分の幸せは後回しにしてきた。その姉がようやく来年の夏に結婚することとなり、今回の旅は婚約者と独身最後を謳歌してくると嬉々として出かけて行ったのだ。その旅もせいぜい長

          9月「曼珠沙華のうた」①

          5月「ヤマボウシの約束」⑭

           突然の質問に、あたしはハルを見つめ返す。けれどハルの表情からは、何も読み取れない。いや、最初からハルの表情からは、何も読み取れなかった。なぜなら彼の見た目は… 「キュー〇ーだから」 『ボクはキュー〇ーではない』  あたしとハルの声が重なる。ハルは怪訝そうな顔をして、眉間に皺を寄せていたけど、その変わらない態度にあたしは笑みを漏らした。 「ははっ…結局最後まで人の声、勝手に読むんじゃん。じゃあ、もう聞かなくても解ってるんでしょ」  ハルはあたしの言葉を聞いて、大きなため息をひ

          5月「ヤマボウシの約束」⑭

          5月「ヤマボウシの約束」⑬

           鈴の音が今まで聞いたどの音よりもずっと澄んでいて、遠くまで響き渡っていくように鳴り響いている。見ればハルの羽についている鈴は、キラキラと輝いていて、その音に共鳴するかのように、少し離れた先に横たわっているトキの羽についていた鈴も揺れているのが見える。ハルの鈴と同じように、煤で黒ずんでいたトキの鈴もいつの間にかキラキラと光り輝いていた。その二つの鈴の音を聞いていると、あたしのすぐ目の前にあるハルの羽の、黒く染まっていた部分が、少しずつ真っ白に戻っていく。いや、今まで以上にそれ

          5月「ヤマボウシの約束」⑬

          5月「ヤマボウシの約束」⑫

           真っ白でキレイだった羽が、どんどん黒くなっていく。このまま羽が黒くなってしまったら、闇落ちしてしまったらハルはどうなってしまうのか、考えても解らないことだらけだ。でも、それが誰にとっても良くないことだというのは、解った。ルイは必死にハルを呼び続けていたが、ハルの羽が半分くらい黒く染まったところで、その場に崩れるようにして倒れ込んでしまった。 「ルイ! どうしたの? 大丈夫?」  ルイは倒れ込みながらも、視線をハルに向けたままでいる。力が入らないのか、足をプルプルと震わせなが

          5月「ヤマボウシの約束」⑫

          5月「ヤマボウシの約束」⑪

          「ハル!!」  ハルと同じ羽を持った存在を見つけた瞬間、あたしはハルの名前を大声で叫んでいた。その声が届いたのか、ハル自身も見つけてしまったのか、少し先の道に倒れているその存在のすぐそばに着地したハルは、見下ろした状態のまま固まって動かないように見えた。  あたしは倒れている蒼をその場に残し、立ち尽くしているハルにそっと近づいた。 「ハル…? トキは無事なの? 蒼と白猫は眠ってるように見えるけど、怪我はないみたいだった」  羽を持った小さな存在は、あたしの見た目には、

          5月「ヤマボウシの約束」⑪