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9月「曼珠沙華のうた」⑪

 姉との突然の別れに茫然としていた。最後に投げかけた質問の答えも結局、言葉として返ってはこなかったけれど、姉が最後に遺した1輪の白い花を手にそっと握ると、涙を拭って立ち上がる。キッチンの棚の奥を探り、適当なガラス瓶に水を注ぎ、先ずはその花を挿した。きっと何かしらのメッセージをこの花に託したのなら、この花を枯らすわけにはいかなかった。次に自分のスマホを取り出して、白い花の写真を撮って、SNSに投稿した。何でもいいから情報が欲しかった。自分でもネットで検索していると、SNSを通して幾つかの情報が手に入った。
「彼岸花・・・」
 SNSで得た情報をネットで調べれば、同じような白い花の写真や風景画像が挙がっていた。ガラス瓶に挿した白い花と見比べるが、どうやら彼岸花で間違いはないようだった。俺の知っている彼岸花とは随分違う花だけれど、どうやらよく見かける赤い彼岸花と、見たことのない黄色い彼岸花が自然に交配すると遺伝子が変異して起こるものらしかった。
「関東では珍しいが、九州では群生している・・・」
 ネットで調べた情報を呟きながら、俺は姉が旅行先から何通か送ってきたハガキを調べ始める。けれど、どのハガキを見ても、姉が九州へ足を運んだ手がかりは見つからなかった。
 次に俺は、姉が送ってきたハガキに書かれた観光地と「白い彼岸花」で検索をしてみた。調べれば調べるほど空振りに終わっていく中で、九州が群生地なのに、姉が遺したこの白い彼岸花には本当に何か手掛かりがあるのか…不安だけが募っていく中、最後に姉から送られてきたハガキの場所と白い彼岸花の情報がヒットする。画面に広がる白い彼岸花の風景画像に、俺は急いでその場所をハガキに走り書きし、家を出た。
 駅に到着し、新幹線のチケットを購入しようと窓口へ行ったが、終電の時刻はすでに過ぎていた。気持ちだけが焦る中、俺は翌朝の始発のチケットを購入して、元来た道を家まで戻る。帰り道の途中で、今日までにあったことを思い返す。雨の中、まるでホラーみたいな姿で、行方不明になっていた姉が俺の前に現れ過ごした時間を。雨はもう降っていないけど、同じ道を家へと帰っていく中で、もう現れることのないと分かっている姉の姿を・・・。
 家に帰宅すると、SNSを見た友人が電話をかけてきた。その友人は、俺が姉の捜索願を届け出た時に、付き添ってくれた数少ない親友だった。彼にはSNSに投稿したきっかけをかいつまんで話した。まさか行方不明の姉が突然目の前に現れて、数日を過ごした挙句、消えてしまったなどと、そんなファンタジーな話が現実に起きていることを説明しようがなかったからだ。何より目の前にいたはずの姉の存在が「何であるか」それを明確な言葉にすることも聞くことも、今の俺には避けたかった。今は一刻も早く姉を見つけたい・・・その一心だった。彼は多分俺が何かを隠していることも分かっていたのかもしれない。親友としても長い付き合いだし、幼馴染でもある。他でもない俺の唯一の理解者だった。そんな彼は俺の話をただ聞いて、一言「解った」と、それだけしか言わなかった。翌朝始発で向かおうとしていることに対しても何も言わなかった。ただ一言彼は言った。
「ただこれだけは言っておく。現地で何があっても何を知っても、お前は必ずここへ帰ってこいよ。それだけは約束してくれ」と・・・。そして俺は翌朝始発の新幹線で三重県伊勢志摩方面へ向かった・・・。

 降車してまず向かったのは警察署だった。行方不明になった可能性が一番高い場所で捜索願を届け出るために。とは言っても、捜索願は指定の用紙に記入して届け出るだけだ。事件性や特異性がない限り、率先して捜索してもらえるものではないことを、すでに一度捜索願を届けた時に解ったことだった。それでも万一の可能性として、一緒に旅行に出かけた婚約者だったはずの人間と共に行方不明になっていること、事件に巻き込まれている可能性も捨てきれないことは伝えておいた。そう、俺が姉の婚約者だと思い、何度も連絡をとっていた人物こそ、姉が怯えていた人間だ。ずっと姉の態度や言動そのものが不思議だった。
 姉が行方不明になって一番最初に俺がコンタクトを取って会いに行ったのは、姉が仲良くしていた友人たちだった。その中でも姉が親友というほど仲良くしていた女性から聞いた話は、ただただ俺を驚かせた。婚約が決まった頃から姉が彼と別れようとしていたこと、原因の一つが俺であることに。そしてその頃から少しずつ、彼が豹変していくことに姉は悩んでいた。一人旅を決めたのも、元々は婚約を見つめ直すためのきっかけだったらしい。だから誰も知らなかった。現地で姉が彼と出会うことを。
 姉は最後に何を見て何を思っていたのか、俺はそれを知るために向かう。白い彼岸花が咲く目的の場所へ・・・。

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