駄菓子屋は夢の世界

※即興小説トレーニング様から
お題:苦し紛れのカップル 必須要素:駄菓子 制限時間:15分 読者:21 人 文字数:927字


「懐かしい!」
彼女が駆けていったのは、昔ながらの駄菓子屋だった。今にも落ちてしまいそうな縦書き看板には、はなぶさと書かれている。屋号だろうか、と彼は思う。はなぶさなんてよくある名前を使うところも、古めかしいと思ってしまう。
彼が彼女を追って店内へ入ると、彼女はカゴにお菓子を詰めていた。
「今日は駄菓子パーティーね」
話しながらも彼女の手が止まることは無い。カラフルなお菓子の山ができあがっていく。甘いものがそこまで好きではない彼は、彼女の隙をついて辛いものや酸っぱいものをカゴに放り込んだ。自分の持つカゴに放り込まれたそれらに一瞥をくれると、またそんな辛いものばっかりとため息をつく。
「これは?」
なにか見つけたように彼女が彼に掲げたのは、真っ赤なパッケージ。辛くてうまい!と書かれたそれは、彼が唯一苦手な辛い駄菓子だった。
「それはいいや」
「あっそう」
軽く断ると、彼女はすぐに興味をなくした。元あった場所にそれを戻し、気にもとめず次のお菓子をカゴへ入れていく。
山の頂点が彼女の肘ちかくまで来た頃、あっと声が上がった。
「これ、懐かしい!!昔欲しくてたまらなかったやつ!」
彼女が手を伸ばしたのは、リング型のキャンディだった。指にリングを嵌めて、ダイヤ型のキャンディを舐める。それがみっともないと、食べきれないだろうといって母親に買って貰えなかったのだと言う。
「どれにしようかなぁ」
キャンディの種類を選んでいる彼女の横から、すっと彼の手が伸びた。
彼はキャンディをひとつつまみ上げると、もう片方の手で彼女の手を取る。
彼女の耳は、その鼓動でうるさかった。
すべらかにキャンディは彼女の薬指におさまった。
「ん……」
なにか言おうとした彼は咳払いをしただけだった。彼女の耳に届くことはないけども。
彼女が指の一点を見つめ続けていると、先程とは対称的に勢いよくキャンディが引き抜かれた。
「いや!違う!なんでもないなんでもない!!!」
普段出さないような彼の声が響く。驚いた彼女があげた視線の先に、耳まで真っ赤にした彼がいた。
彼女もつられて赤くなる。
彼女が一歩後ろによろける。駄菓子屋ならではの狭い店内では、棚が邪魔して逃げられなかった。

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