全国のまえださん

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元ネタ「全国の私の脳内で公開予定!」

ピー。データを受信します。
わたしの脳内に、無機質で無感情な声が響く。次にくる衝撃に耐えるため、静かに目を閉じた。
瞬時、暗転した視界に流れていく中華料理の数々。回鍋肉、青椒肉絲、ラー油……これは、シュウマイだろうか。なんだか知らないけれど、ふわふわしている。鼻孔をくすぐるごま油の香り。ああ、おなかが減った。いただきます。幻聴が聞こえて、口内に酸っぱくて甘くて香ばしい、想像通りの中華料理が運ばれた。

空の口内で味わって、わたしは目を開ける。
目の前に広がるのは、無味乾燥としたテスト用紙。カチカチ、シャープペンシルの音。そして、教師の怒声。
「やめっ!」
同時にペンが転がった。静寂を切り裂いて、わっと声が上がる。
ーー難しすぎる。
ーーここの答えなんだった。
ーーあーそれ全くわからん。
ーーオレわかったもんね、満点確実。
ーー秀才ぶって、ふざけんな。
さっきまでの静けさはなんだったのか、生徒たちの話題は尽きずしゃべり続ける。教師も教師で、それをとがめることなく生徒を茶化しながら答案用紙を集めていた。

そして不意に、わたしの肩がたたかれる。振り返ると、答案用紙の束を渡された。
「はやく受け取ってよ、前田さん」
「あ、はい」
押し付けられたそれを受け取り、自身の答案用紙を重ねる。それは真っ白で、どこにも汚れはない。わたしはため息をついて、前に座る生徒に渡そうとして……ハタと気づく。
名前を書き忘れている。
きょろきょろ見渡し、教師が目をそらすタイミングを計る。それはすぐに訪れて、シャーペンの滑る音すら察知できないほど速く、わたしは記名した。そして何事もなかったように前の生徒に手渡す。

大きくため息をつく。なんだってこんな、給食直前のテストの時に中華料理屋に行ってるんだ。ついたため息分の息を吸うと、再び存在しえないごま油がわたしの鼻孔を駆け抜けていく。

急いで書いた名前をぼんやり思い返す。書きなれた漢字、全国で上位に入る名字。いいところもあるけど悪いところもある。

わたしは前田那々。全国まえだ連盟のひとり。この国の「まえだ」はみな、脳内が同期している。


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