通知ランプの輝き

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お題:どうあがいても何でも屋

ーー今日空いてる?
ーーお願いしたいことがあるんだけど。

点滅する通知ランプは途切れることがない。先日知り合った「女性」は、何かにつけて僕を呼び出す。
間違いだったかな、と嘆息した。
初めて踏み入れたきらびやかな街に酔ってしまったのだ。出張で訪れた街は、ネオンサインが煌々としていた。道行く人はみな手を繋いでいた。僕が繋ぐのは黒い革ベルト。そこにぬくもりなど存在しなかった。
近くにあるホテルにしなくてよかった。こんな街、見続けていたら死んでしまう。やり場のない怒りを唾棄して、駅へ急ぐ。踏み出した足は柔らかな感触を得た。足元を見ると、綺麗に畳まれたハンカチがあった。
「あっごめんなさい」
僕が顔を上げると、ネオンサインに負けない輝きを放つ女性がいた。ハンカチを拾うために彼女は屈む。ぼやっとしていた僕は、ハンカチから足を退けることを忘れてしまった。
「あの……」
申し訳なさそうに見上げてくる彼女。困惑の表情がみてとれる。ごめんなさいと言いながら、足をずらした。
「いえ、こちらこそ」
ハンカチに着いた汚れを叩いて落として、じゃあと去っていこうとする。僕は咄嗟にその手を掴んだ。
「お時間あったら、飲みにでも」
僕なら断る。脳内を巡ったのはそれひとつ。きっと顔が赤くなったり青くなったりしているのだろう。それに彼女はふふふと笑って言ったのだった。
「いいですよ」

そこからは早かった。飲み屋で気が合い2軒目にも行けた。トントン拍子にことが進み、メッセージのやり取りが途切れることは無い。
そのほとんどが、彼女からの呼び出しであった。
ご飯食べに行こう。買い物に付き合って。どこどこ連れて行って。果てには、荷物多いから車出して。
毎度律儀に付き合ってきた。自身でも、うまく使われてるだけだと分かっていた。それでも、彼女と会えること、彼女にありがとうと言われることは、なによりも嬉しかった。呼び出された用事が終われば、お礼と言って食事に行く。彼女が教えてくれる店はどれもこれも美味しくて幸せだった。

果たして、今日はどんな用事だろうか。
アシか。メシか。荷物持ちか。もうここまで来たら、なんでもやってしまおう。彼女にとって都合のいい何でも屋になろう。
出会って数日の人と、ここまで親密になれたのは初めてだった。10日間の出張も今日で終わる。彼女のことはネオンがみせた夢だと思おう。持参したキャリーバッグに荷物を詰めていく。
最後だし、僕から彼女にお願いごとをしてもいいだろうか。

ーーちょうど君に伝えたいことがあるんだ
メッセージを見た女性はぽつり呟く。
「用事作ったら明日も会ってくれるかなぁ」


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