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ショートショート | 鬼

怒りと憎しみを抱えきれなくなった鬼が泣いていた。

真っ黒な闇が鬼を支配し、目にはいくつもの
赤い血管が張り巡らされていた。

低い唸り声を上げたかと思うと、
今度は地面に向かって叫び始めた。

体内にこれ以上とどまれない怒りが
炎のように赤く飛び出て行った。

叫んでも叫んでも、怒りは依然として
そこにあった。

でもやがて疲れたときには
言いようのない悲しみが鬼を深く苦しめたのだ。

堪えられず涙が溢れ、鬼の顔がぐしゃぐしゃになった。

大きな手で顔を覆い、悲しくて
地面に顔を伏せるしかなかった。

いったいどれほど叫んだのか。

いったいどれほど泣いたのか。

やがて、そこにあった怒りと悲しみは
鬼の体内へと吸収されていった。

怒りと悲しみを吸収した鬼は
恐ろしいほどの冷静さを身に付け
笑うこともできるようになった。

その鬼は大きく笑う。

ときに涙を浮かべながら笑っていた。

「僕はピエロなんだ。」

と言っても、その言葉の本当の意味がわかる者は
きっと少ないだろう。

美しい音色を聴きながら、その音楽家が残した
感情を鬼は全て感じ取ることができる。

音楽を、その鬼はイメージとともに
感じとることができるのだ。

「悲しみと怒りのその瀬戸際を
表している音があるんだ」と言って。

その鬼は誰よりも恐ろしい。

底のない暗闇が広がっていて、
その怒りは到底計り知れないからだ。

しかし、鬼は誰よりも信じていた。

この世には深い愛があって、
誰もが幸せになれることを。








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