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掌編小説|灰色の街

錆びれた街に「地獄」と呼ばれる
工場があった。

その工場はあまりに大きく
曇りの日には頭が雲で隠れた。

いつもどすん、どすんという
鈍い音が響き渡り
煙は勢いよく空へ上った。

その工場の周りには高い塀があり
中の様子を近くで見ることができない。

唯一、塀からはみ出た建物の頭上部分を
遠くから眺めるだけだった。

工場は昼夜動いていたが、
人が出入りするところを
一度も見たことがない。

建物の周りを今にも朽ちそうな
細い階段がぐるりと巡っていたが、
その階段を上る者もいなかった。

しかし夜にはあかりが灯り、
何者かが機械を動かしていた。

そこは錆びれた街だった。

今にも崩れてしまいそうな家が
ぽつり、ぽつりとあるだけだ。

昔は立派であっただろう家には
もう誰も住んでいない。

車庫には自動車が停まっていたが、
どう見ても再び動きそうにはなかった。

タイヤはパンクし、車体は傾き
錆はずっと放置されたまま。

昔、友人のガドルフと一緒に
家の中に忍び込んだことがあった。

家の持ち主は慌てて家を出たのだろう。

ダイニングテーブルには食器が並び
書斎のデスクには読みかけの本があった。

家中の家具や絵画を見ると、
彼らが裕福であったのは明らかだ。

娘も一人いたらしい。

美しいドレスを着た女の子の写真が
家中に飾られていた。

夕方になると砂埃が舞い上がり、
荒れ狂う獰猛な犬たちに
僕たちは怯えて暮らした。

昔は栄えた市場には、
もう人はいなかった。

取り残された建物たちが
寂しそうに並んでいるだけだ。

もし建物に顔があるのであれば、
ほとんどが目を閉じて死んでいるか、
または眉をひそめているかのどちらかだ。

シャッターが閉まり、
窓ガラスが割れた店の並びには
数店舗だけ営業しているところがある。

一つは紳士服の店だった。

今では誰も身につけなくなった
背広やらネクタイやらが店内にあった。

しかしそのほとんどは
埃をかぶり灰色になっている。

そこから1ブロック進んだ先には
日用品を売っているたばこ屋もあった。

たばこと言っても、
ほこりまみれの棚に二箱か三箱が
乱雑に並べられているだけだった。

日用品もひどい有様で
どれが商品でどれが屑物なのか、
全く見当がつかない。

店主は老女だった。

店の奥の崩れそうな椅子に
頭を垂れながら座っている。

今にも命が尽きそうだった。

霧のかかった暗い街に
工場の灯りがぼんやり光った。

どすん、どすんという鈍い音だけが
街の中にこだましている。

人の声は聞こえないが
誰かが中にいるはずだった。

工場から灰色の煙が上がった。

それから空気の抜けるような音がして
張り詰めた空気が一度和らぐ。

しかしまたすぐに鈍い音が響き
灰色の煙が上がるのだった。

工場の中で行われていることは
だいたい察しがついていた。

どこからか死体が運ばれてきて
それはパンやワインに変わっていく。

毎晩、暗闇に包まれる中
貨物列車が工場に入構するのだ。

その中に積まれているのだろう。

工場で清掃をしていた叔父が
昔、教えてくれたのだ。

「街の者は皆知っている。
しかしこれを公で言うではないぞ。」

そう僕は忠告された。

夜も更けてきた頃だった。
列車の近づく音が聞こえた。

今日もまたどこからともなく
やってくるのだ。

数千もの死体が運ばれてくる。

それはやがて食料に変わり
工場の外へと運ばれていく。

僕は冷え切った家の窓から
工場の煙をしばらく眺めた。

錆びついた茶色い工場の塊から
ぼんやりとした黄色い灯りだけが浮き立つ。

もう真夜中に違いなかった。

しかし、工場は休まずに、
いつまでもせっせと動き続けた。


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