見出し画像

缶コーヒーが降ってきた

朝から雨。長い傘を持って出た。
帰りも雨。駅のホームに上がる階段の左寄りを、足元を気にしながら上っていたら、左腕を掠めるようにして、

ズヂャッ!

視界の中に缶コーヒーが、落ちて来たまま固まった。プルトップではなくて、キャップを捻って開けるタイプの缶コーヒーだ。それも絶対に、まだ中身がいっぱい入っているやつ。

何故かあまり驚かなかったし、見上げもしなかった。
疲れていたし気掛かりもあって「色々と感じないぞゾーン」に入っていたような気もする。
下を向いたまま平然と残りの階段を上った。

誰かが落としてしまったんだろうなと思った。階段の、なんというの?
ホームと隔てている塀のようなところに放置されていた飲み差しの缶が、何かのきっかけで階段側に落ちてしまったんだろうと思った。

当たらなくて幸いだったし、鈍感な私でよかった。か弱い乙女やもっと高齢の方だったら驚いてしまって、その後が危なかったかもしれない。

階段上り切って、いつもの乗車スペースまで移動して、それから、振り返って見た。

階段の、その、塀の上は丸かった。二度見してしまった。
あれじゃ、物は絶対に置けない。
つまり、置いてあった缶コーヒーが落ちたのではない。
誰かが、正にあの瞬間に落としたということか。

やっと(?)少し怖くなった。
もうそれらしい人影も見当たらないけれど、故意じゃなかったんなら「あっ!」とか「すいません!」とか、何かしら声があったっていいはずだった。落とした方だって驚いただろう。

もし頭に当たっていたら…?
うわー、私、よく平然としていたな。
でも、平然としていたことで「勝ったな」と思った。チェッ、ちっともびびってなんかないぜ、ざまーみろ。

落とした人を見たわけではないから、故意ではなく何か(って何かわからないけど)の偶然かもしれないし、缶コーヒーが降ってくるという超常現象が起きただけだったかもしれない。

駅のコンコースには、どこかアジア系の観光客の団体さんが集まっていて、そのせいなのかどうなのか、いつもはそこにいない警備の人がひとり立っていた。そんな光景を不自然に思いながら上った階段だったから、不自然が降って来たのか。