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【小説・BL】アドレセンス・サンクチュアリ page.4-1

 じゃあ、俺が純に好きと言ったら――

 詮無いことを考えていても、時間だけが通り過ぎていく。
 卒業アルバムを開いた時、「やっぱりな」と思った。
 クラス全員の個人写真が載るページには、ちゃんと名前順に従って、純の顔写真も載せられていた。
 こういうのを残された人間の自己満足というべきなのかどうかは分からない。ただ俺は、世にも奇妙なことに死んだ本人に見解を訊ねることも可能ではあるが、訊いたところで純は「んー俺は別にどっちでもいいけど」とか言いそうだ。
 それにしても、個人写真はともかく、行事や日常の1コマ的な写真のページに、俺の写っている写真など(当然ながら)皆無に近いのだが、純はもはや卒業自体できない身でありながらたぶん、誰よりも多く写真に写っているくらいである。写真の中の純はどれも笑っていて、一緒に写っている人間も皆笑っている。
 純は、ただ生きていただけでこうして他者の記憶に残ることができる人間だったのだ。
 死んだあいつの方が、今でも生きている俺よりよほど、生きてる意味があったのに。
 例えば死んだのが純じゃなくて俺だったとして、どれだけの人間が1年でも半年でも俺を覚えているだろう。少なくとも、このクラスの中には、俺が死んだところで悲しむ人間なんていない。
 なんで俺じゃなくて、あいつなんだろう。
 俺には、何もないのに。

「あ」
二つの声は殆ど同時に重なった。
 卒業式後の雑然とした教室で、真正面からぶつかりそうになる形で俺は彼女と再び対することになった。
「横山さん……」
(別に、他の誰とも俺は話してはいないが)横山さんとまともに話をするのはあの図書室奥以来だった。
「あの……すみません、でした」
「あー大丈夫、こっちもよく見てなかったし」
「そうじゃ、なくて」
「?」
横山さんは気の強そうな瞳はそのままに、少し首を傾げた。
「あの、非常口のとこで話した、時……」
「……だからあの時は、私の方が無神経だったって……」
「違うんだ」
力が入っていく指先を握り込みながら、横山さんの真っ直ぐで大きな瞳から視線は逸れていく。
「俺があんなふうに言ったのは、親切心からじゃなかったんだ。ただ、俺がずるいこと、考えてたからで……」
「分かってたわよ」
思いもかけなかった言葉に、また彼女の眼を覗き込んでしまってから、つい狼狽える。
「分かってたけどねえ。あれでもあなたの言葉に、結構救われたのよ、私」
「え……」
「だから、ありがとう」
どこまでも真っ直ぐに、言葉が届く。
「お、俺も……誰かと純の話できたの、正直うれしかった」
「ふ……何それ。羽倉のくせに生意気」
「ああでも……横山さんはやっぱり、多少、純に夢を見過ぎてたんじゃないかな」
「……うん」
「あいつは本当は、たぶん、横山さんが思ってるより……ずっと根暗で、人嫌いなんだ」
大きな眼にほんの少しだけ、光るものが見えた気がした。
「……あなたと純は、少しだけ、似てるよね」
「……それは、ないでしょう」
……駄目だ、また、言葉をせき止めることができずに。
「俺はずっと苦しい。どうして純みたいな、生きてる意味のある人間が死んで、俺みたいな、いてもいなくても同じみたいな人間が生き残ってるんだろうって。純は死んだのに――俺には何の価値もないのに、死にたいと思うこともない。死にたいと思うことはなくても、生きててもしょうがねえな~っていつも思ってる。それなのに、なんで俺は生きてるんだろう――俺には、何もないのに」
「――」
口を開きかけた横山さんの後ろから、誰かのばかでかい声が飛んできた。
「なあなあこっちで写真撮らね? ほらほら愛加ちゃんも!」
「ん。今行く!」
横山さんは一瞬振り返って声の主に返事すると、何のためらいもなく俺に向き直り、俺の手首を掴んで強引に引いた。
「え、ちょ、横山さん!?」
「写真。あんたも入んなさいよ」
「そ、そんな、俺なんて誘ったら横山さんっ」
「別に。どうでもいいでしょ。誰にどう思われようが。どうせ今日を限りに、ここにいる人間の殆どとは他人なんだから」
そう言って横山さんは、つんのめった俺を見下ろすように一旦歩を止める。
「勿論、あなたもね」
「……」
もう、その真っ直ぐで大きな瞳に揺れはない。
「お、きたきたー」
「羽倉も、写んならはい、さっさと寄った寄った~」
「そんじゃいくでー」
「ばッッかてめ、俺が入ってない、腕みじけーな」
「あァ? じゃお前が押せやシャッター」
騒がしくぎゅうぎゅうと押し合う人の間で、揉まれる。さりげなく俺の耳元に顔を寄せた横山さんが、低く、静かな声で問う。
「これでもまだ、自分には何もないって、ほんとに思ってる?」
つい彼女の顔を覗きかけたところで、声とシャッター音が響き渡る。
「はい、チーズ!」

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