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【小説/BL】アドレセンス・サンクチュアリ page.5-3

(何だよ、この男)
頭の中に声が響く。そして弁明する間すら与えられずに、耳の奥を弄ばれる。
「んっ……!」
思わず見悶えた俺に、大場が怪訝そうな目を向けてくる。
「大丈夫……?」
「あ、ああ……何でもない」
小声で応えて、大場から視線を逸らした。
(おい純っ……! 何やってんだよ馬鹿!)
(だからぁ、ソイツ何なんだよって聞いてんのぉ)
(ただの昔の同級生だよ……っておい……!)
(あーほら……これくらい我慢しないと……俺、ちょっと耳舐めてるだけじゃんね? お友達に気付かれちゃってもいいの?)
「……んっ、ふ……」
ほんと、いい加減にしろ……! これ、耳の中で音響いて、やばいんだって……!
 身体が震えてしまう。大場に悟られないよう、息が荒くなるのを抑えるのに必死だった。


「……なあおい。いい加減、離れてくれないか」
渡り廊下まで歩いたところで、俺は「俺の中」にいる純を呼び出す。
「な~んだよ。俺、ただ取り憑いてただけで、ちゃんと1時間半大人しくしてただろ?」
中庭に面したガラス張りから差す光の中に、純は現れ出た。
 ひと気のない渡り廊下と対照的に、眼下の明るい中庭には、人の群れが忙しなく行き交う。この風景の中に、制服の高校生の姿は異質だ。
「どの口が言う……」
「じゃあ聞くけど。あの大場とかいう男、お前の何なんだよ」
「だから……! 小学校の時の同級生だって。何度も言っただろ。それ以上でも以下でもない」
「ほんとかー?」
純の手が俺の首筋に伸びてくる。肌に触れる指の力が少しだけ強められ、爪の先が僅かに食い込んでくる。
「っ、ぅあ……」
 ああ。俺は嫉妬されているのか。
 純の真意が掴めないことをもどかしく思いつつも、万人に受ける振る舞いばかりを身に付けてきた純が、俺という一人にこうも拘っていることに、抑えようない優越感がむくむくと膨れ上がっていく。こんな暴力性にしか表すことのできない独占欲を官能とごちゃごちゃにして、興奮で震えるくらいには。
 横山さんに謝ろうと、俺は何も変わってなんかいない。俺には、赦されることなど赦されない。
「……それだけだよ」
斜め下に視線を逸らすと、純の手は離れていった。何か持て余したように純はガラス越しの中庭を見つめている。つられるように俺も中庭を見下ろす。何かのラケットみたいなものを担いだ一団が通り過ぎていく。
「静生は何かサークルとか入んないのか」
どうということはない議題に会話が移ったことに、ひっそり安心する。
「あー……どうかな。俺にそういうの、似合わないだろ」
「何だそれ……でもせめてほら、バイトとかは、すんだろ。少しくらい大学生ぽいことやれよ」
「それなぁ。バイト探してみたいけど、何がやりたいか全然思いつかねえし」
「定番そうなやつでいいだろ」
……なんで、高校生で時止まってる奴に、大学生ぽいとか定番とか語られなきゃいけないんだよ。
「定番……家庭教師とか?」
「あー……家庭教師なんか、やめとけよ」
何これ。この感じ、どっかで……
「やめとけって、なんで」
「や、ほら。拘束時間とか、長そうだし」
「そうか? 授業の時間分しか拘束時間ないんだから、寧ろ手軽だろ。てかそんなに長いことやっても、ガキの集中力がもたないだろうが」
「そういうもんかなー」
「そうなんじゃないのか」
なんか、どうしてまた微妙に、会話が噛み合わないんだろう。
 ほんの僅かに、胸の奥がざわつく。
「とにかく静生には向いてないよ。お前、愛想皆無だし」
「関係ねえだろ。っていうか勘違いしてるようだけど、俺は別に愛想がないわけじゃないぜ」
「……とにかく駄目だ。俺に構ってくれる時間が減るようなバイトは、だーめ」
「……そんなこと言ったらほぼ何もできないだろうが」
今度はゆるく、半袖シャツから伸びる腕が後ろから俺の首に巻きついてくる。
「……未完の小説」
首筋に顔をうずめるようにした声は耳元に近付く。巻きつく腕が少しだけきつくなる。
「……え」
「俺の人生は、未完の小説と同じだ」
天気のいい午後だ。視界いっぱいのガラスは、陽の明るさをこんなにも増幅しているのに、俺の立つ足元はどこか薄暗くて、冷たい。
「未完の小説は、永遠に終わらない、から。終わらせないために、終わらせたんだ、人生を。未完のままにしておけば、お前をずっと、縛っていられると思った」
どうしたら、いい。純の顔を振り返ろうと少し身じろぐと、その腕は更に強く俺を閉じ込めて、動きを封じられる。目を合わせないままで、後ろから降る純の声を聞く。
「静生いつか、自分の見てないところで俺が何してるのか、って聞いたよな――俺、人を探してるんだ」

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