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【小説/BL】アドレセンス・サンクチュアリ recollection.2-1

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 もう男を好きになることもないと思っていた。
 それなのに、本のページをめくる指が綺麗で、目が離せなくなった。
 警戒されていることは分かっていた。
 それでも、俺はその男に声を掛けてしまった。
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 白崎純は有名人だった。
 華のある顔立ちに長身。しかし、あの男が目立つのは外見のためだけではなかった。
「え~純、カラオケ行こうよぉ~」
「すまないねお嬢様方。純は俺らと先約あんだよ」
「もうっヤマちゃんたちばっかずるいぃ~」
「純との約束は順番待ちって、知ってるだろぉ」
「こらこらお前らー。つまらんことで喧嘩すんな」
言い合いに純本人が割って入る。
「つまらなくないもん! 純との約束は、カホの最重要事項です!」
「はいはい、カホたちとは木曜でいいか?」
純はごく自然に女子の頭に軽く掌を載せた。
「……もうっ、絶対だからね!」
純の掌の下で微かに頬を赤らめた女子が騒々しく話の輪から離れていく。
 純の周りには、いつも人がいた。
 純は有名人だから、校内の人間関係に疎い俺でもその名前や評判を耳にすることはあった。でも、3年生にして初めて彼と同じクラスになり、純が本当にいつも人の輪の中心にいる光景を目の前で見せられることとなった。
 見た目がよく、ノリもよく、何でもできる。
(生粋の陽キャって感じか……苦手だな、あーいうタイプ)
俺は読んでいた本のページの上に視線を落とした。
 苦手だと思うのは、たぶん俺が純とは程遠い、というか正反対だからだろう。純が純粋培養の陽キャなら、俺は絵に描いたような陰キャだ。
 俺には高校入学以来今まで、学校に友達がいない。休み時間はこうして自席で本を読んでいるか、突っ伏して寝ているかして過ごす。こんな、漫画みたいな「友達がいない」人なんて本当にいるんだ、と自分がその立場に陥った今は妙に感心している。
 なぜそんなことになってしまったかといえば、高校の入学式のまさにその日、インフルエンザに罹ったのが理由だ。出席停止が解け1週間遅れで初登校したその時には、当然ながら既にクラス内のグループは形成され、俺の入る隙はなかった。
 ほんの些細な運で、人は可哀想な人になれる。友達がいない理由はそれ以上でもそれ以下でもない。
 同じクラスになったからといって純と関わることはないだろうし、関わりたいとも特に思っていなかった。あいつは俺とは生きてる場所が違うだろうと思っていた。
 だから図書室で純を見かけた時は、正直かなり意外だった。
 普通の高校だったら、昼休みの図書室なんていうのは自習をしに来る3年生でそこそこ繁盛しているものだろう。しかしこの学校ではその辺の空き教室が自習室と化しているので、図書室に来る人間というのはわざわざ本を読んだり借りたりするためだけに、教室棟から離れたアクセスの悪いここに足を運ぶ物好きだけだ。
 図書室は教室に居場所のない俺の、平和な居場所だった。先述の通りの理由で人が少なくて物理的に静かだし、図書室には、なんというか特有の空気の匂いとか、時間の流れ方があるような気がする。
 それが好きなのか、単に図書室を逃げ場所にしているのか、それとも俺は純粋に本好きなのか、その辺は今となってはもうどうでもいい。
「羽倉くんじゃん」
 いつものように本棚の前で本を選んでいたら、突然背後から声がした。名前を呼ばれていたにもかかわらず、その声が自分を呼んでいると理解できるまでに2秒くらいかかった。
(えっ、この声……)
振り返ると、背の高い、派手な見た目の男が俺の目の前に立ちはだかっていた――それこそ、俺の逃げ場をなくすように。
 そういえばこの男の顔を初めてこんなにちゃんと見た。
(分かってはいたことだけど、顔、きれー……)
そんなのんきな感想が脳内を満たしたのは一瞬、俺はこの訳の分からない展開に反射的に(“後”はないのに)後ずさり、背中を本棚に強打した。はずみで落ちてきた本が頭頂部を直撃し、呻き声を上げたいのを俺は必死で耐えた。カウンターの向こうで、「大丈夫?」という表情で腰を浮かせかけた上野さんを、俺は半ベソで手で制した。
「ごめん。驚かせた?」
俺の足元に落ちた本を拾おうと男は屈む。
 だって、こんなの訳が分からない……! 動揺するに決まってる。
 誰に話しかけられることもなく生活している俺に、なんでよりによって学年一目立つ人間が――? ていうか、なんでこいつが図書室にいるんだ……?
 一瞬のうちに色々な疑問が頭の中を忙しく駆け回る。
「あ。俺のこと分かるー? 同じクラスなんだけど」
言いながら男の手は俺の頭上にあり、拾った本を棚に戻している。顔のすぐ横に伸びる腕に、自分と男の身長差を感じてなんだか少し――頬が熱くなる。
「白崎……くん……だろ」
……俺なんかに絡んできて、一体何が目的なんだ? もしかして、脅される的なアレとか――?
「なんだぁ、よかった。認識されてなかったらどうしよって思った」
「えっと……何」
「昼飯。一緒に食べよ」

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