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繋がりの数だけ答えがあって


淡いピンク色がふくらんだ風船を手の中でふわふわあそばせながら帰路についていた。

今日はいい事が起こる日だった。そう、決まっていた。なぜならあの子とご飯に行くと決まっていた日だったから。
あの子と言っても、好きな人とかじゃないのよ。すっごく素敵なお友達。


人ってのはどうしようもなくすれ違う生き物なのだと思う。言葉があるのに、いや、言葉が使えてしまうからすれ違ってしまうのだと、1人歩いた夜道でふと考えた。
あの子は、あの子のことを今日は風船のあの子と呼ぶことにしましょ。今日の幸せはこの淡いピンクの風船に詰まっているからね。


風船のあの子と出会ったのは2年前、夏の始まる頃。なんだか、この子と出会えたのは何か意味があるんじゃないかなって思っている自分がずっと居た。だけど、くだらない(その時の私には大問題だったのだけど)ヤキモチ焼きのせいでなんだかずっと素直に仲良くなりたいなんて一言を言えずにいた。

やっとね、2年も経って、やっと素直に話せるようになったんだ。


こんなにひとつの約束を何日も前から楽しみにするのは久しぶりのことだった。指折り数えて、眠りについて、いつもは憂鬱なお皿洗いも今日はなんだか踊りを踊っているみたいにうきうき浮かれながら洗ってた。

18時。風船のあの子が予約してくれた居酒屋に入って、ポテトサラダと釜飯とだし巻き卵を注文する。お酒は2人とも強くはないから、少しずつ。
艶々としたマヨネーズがぐるっとかかっているポテトサラダに歓喜の声をあげ、口に入れた瞬間のまろやかさと味わい深さに悶絶しながら食を堪能する。20歳を超えて、お酒の強さと食の好みは、飲み会の楽しさを左右する大切な要素なのではないかという仮説が頭の中にぽんっと浮かんでくる。


話したかったことが思いっきり息を吹き込んだ時のしゃぼん玉みたいにぽぽん、ぽぽぽんっとあふれてくる。
お互いに、屋根まで届いても消えちゃわないくらいしゃぼん玉を飛ばし合って、透明でいて虹色の世界を覗き込む。
大切な人のこと。生きてくなかで忘れたくないこと。未来への希望も不安も。今目の前にある答えのない問いのこと。風船のあの子は、私が思っていたよりもたくさん自分のことを話してくれる子だった。私には、それがなんだか嬉しくて、どうやったらこの子の話をもっと引き出せるだろうかと考えながら相槌をうっていた。風船のあの子の悩みごと。私には何も解決できないのだけれど、口に出すことでもやもやのガスが少しでも外に逃がせたらいいなと思うんだ。



この世界にはきっと、人の数・人との繋がりの数だけ答えがあって、だからきっと難しい。
風船のあの子と彼女の大切な人には、彼女たちだけの答えがある。
ありふれた悩みでも、ありふれた不安でも、それを解決する方法はひとつも同じものなんてない。
あたりまえのことなのに、私はいつも共通の正解を探してしまう。
私が大切に思う人の数だけ、彼女には彼女との、彼には彼との、あの人にはあの人との、私とその人とだけの正解をいつだって探していかないといけない。
きっとそれがその人と付き合っていくということなんだと思う。答えなんてない問いにぶつかっても、少しずつ時間をかけて、向き合い続けていられるかどうか。悩み続けられるかどうか。それが、誰かと関係を築いていくことなのだと思う。


アルコールの代わりに3杯も飲んだマンゴージュースは、ちゃんと21歳の胃をもたれさせていったのだった。







2軒目はファミレスみたいな喫茶店みたいな、通り沿いのやたら親しみ深そうな外観のお店にやってきた。
いつもは足の目指す先が決まった状態で歩く道。その外観に惹かれつつも足を留められずにいた。今日こそは、と、今にも溶け出しそうなほど本物みたいなソフトクリームの食品サンプルが飾ってあるガラスケースの横を通り抜け入り口の戸を開ける。
木のテーブルに茶色いソファー、白い壁にはサントリーニ島の絵が飾られている。時計は21時を回っているのに、このお店だけ午後の穏やかな空気が流れているようだった。風船のあの子はクリームソーダ。私は紅茶を注文した。「おかわり無料」この響きに吸い寄せられて、いつの間にか人差し指がメニューにのった紅茶という字をを指していた。
クリームソーダは、むちっとしたまるっこいソフトクリーム。柔らかな雰囲気がこのお店にとても合っていて、可愛らしかった。次はソフトクリームだけを買いに来ようってあの子と約束した。
話に花を咲かせていたら、店員さんが近づいてきた。これまでの人生も優しさに溢れた日々をおくってきたのかなと思うほど柔らかな優しい表情をした女性の方で、歳は私のおばあちゃんくらいだろうか。その手には2つの風船が握られていて、「はい、どーぞ。」って私達に渡してくれた。齢21歳。欲しくてもねだることのできないものラインキング3位には食い込むであろう代物。つい、嬉しくて声を上げてしまった。店員さんはそんな私達を見て優しい顔で、ふふふと笑う。
むちっとソフトとおかわり無料と風船プレゼント。
そんな幸せな喫茶店、21時。



誰かと仲良くなることも、誰かを思いやることも、大人になれば簡単にできるようになると思っていた。だけどそんなこと全然なくて、歳を重ねるたびに考えることがどんどん増えていく。向き合うべきことが増えていく。
時に憂鬱で、時に鬱陶しくて、だけれどあったかくて幸せで。
幸せだけでは付き合ってはいけないけれど、だから幸せなんだ。



そんなことを考えながら帰路につく。
右手には風船をゆらゆら揺らしながら、すっかり暗くなった空を見上げる。



今日の幸せを風船の中に詰め込んで、ふわふわとたゆたう淡いピンク色に思い出を大切にとじこめた。

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