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中世の乙女心

かつて騎士たちの間では、馬上槍試合(ジャスティング)と呼ばれる腕試しの試合が行われていました。

その名の通り、馬に乗った状態で長槍と楯をもって相手と闘う形式で、槍で突いたり叩いたりすることで落馬させるのが目的です。

参加者は騎士らしく闘うことを望まれるが故に、相手の馬に攻撃したり、兜を脱いでいる相手に打撃を加えることなどは禁止されます。

自身の名誉のためには試合の秩序は維持されなければなりません。

勇猛な騎士のためのこの試合には、一方で婦人に対する礼節の意味もこめられていました。

試合に臨む騎士は、自分が「愛の僕」となっている貴婦人の名を名乗りあげ、観覧席で自分をみているその人の眼差しによって勇気を奮い起こしたそうです。

騎士たちにはごく幼い頃から、宮廷内の夫人の1人を心の愛人として決めることが推奨されていました。

少年のあらゆる感情、言葉、行為をその人に結びつけることを教えられたのです。

想い人に奉仕することは騎士の光栄であり、任務でした。

そうして愛と感謝をもって与えられる彼女の微笑みは、彼の勇敢さへの酬いとされました。

闘いが始まる前に、貴婦人は自分の騎士に対して贈り物をします。

襟巻きや袖、帯、金飾、リボンなど、婦人が身につけるようなものです。

贈り物を受け取った騎士は、それを兜や楯や鎧につけて出場しました。

愛の印として目立つようにさせていたのです。

貴婦人にとっては、自分の騎士が、自分の身につけているものを印にしながら奮闘することに、さぞかし心を歓ばせたことでしょう。

騎士は想い人から贈り物をされることを望みましたが、反対に婦人が恋をしている騎士に自分の印をつけて闘ってほしいと頼むこともあったようです。

もし人気のある騎士が、誰か他の婦人の印をつけて試合に会場に現れようものなら、彼女たちにとって槍試合そのものはどうでもよいものに思われたことでしょう。

試合では時に死者も出ます。

腕試しとはいえ、騎士たちが名誉に与ることは命懸けだったのです。

自分の「愛の僕」が結果として相手を倒して名をあげることは、嬉しいことだったに違いありません。

でもその過程で、自分の騎士が自分のために血を流しているのを見ることも、彼女たちをよく興奮させたことでしょう。

愛する人に傷ついてほしくないのは当然。

けれども、彼が自分のために命を懸けているのが嬉しい。

こうした愛の慈しみと残酷さを胸に抱きながら、試合を見届けていたのだと思います。

現代に生き、当時とは価値観が全く異なるであろう私にも、その気持ちはわかる気がするのでした🌸

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