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契り

少し長い話ですが、宜しければお付き合い下さい(≧∇≦)

慶長二十年(1615年)四月下旬。
オレの名前は猿飛佐助。
徳川方との最後の戦、後の世でいう大阪夏の陣の火蓋が切って落とされる直前。
豊臣方の武将、真田幸村様の家臣のオレは大阪城入城を目前に控え二十年近く連れ添った最愛の妻のさくらと膝を突き合わせて話をしていた。

「さくら、オレは間もなく大阪城へ入城する。
そしてそのまま徳川方との最後の戦になる。
豊臣方の勝ち目は万にひとつもないだろう。
だが、オレは最期まで真田のお殿様をお護りする。これが何を意味するか分かるな?」
さくらならオレが何を言いたいか分かってくれるだろう。
何せ幼少時からの縁だからな。
オレはそう思っていたんだ。


あたしは夫、佐助さんが何を言おうとしているかわかった。
真田のお殿様と最後迄共に戦って討死するつもりなのだ。
ならば、あたしの答えはもう決まっている。
夫と生死を共にする迄だ。
あたしは覚悟を決めた。
そして夫にその旨を伝えた。

「あたしも最期まで佐助さんと共に戦うつもりです。」と。
だけど佐助さんの答えは意外な物だった。

「さくら、今宵限りで離縁しよう。」

あたしは一瞬頭の中が真っ白になった。

「え、今離縁って言ったの?‥なんで‥」

呆然としているあたしに佐助さんは昔のままの人懐っこい笑顔を浮かべ、こう言った。

「勘違いするな、別にオレに女が出来た、とかそんなじゃない。
ただオレはこの戦で粗確実に死ぬだろう。
オレ自身はそれでいい。
伊之助も美鈴ももう十七の大人だ。
鈴音も十五で嫁ぎ先も決まっている。
あとは、さくらの事だけが気がかりだ。
オレと離縁して、再婚して、そしてソイツとの間に子どもを産んで、新しい家族と幸せに暮らすんだ。
オレの事はもう忘れてくれ。」

夫の、佐助さんの優しいけど真剣な眼差しを見たら、あたしは何も言えなくなってしまった。
そしてその場で了承したの。


「父上、なんで母上と離縁なんて!酷い!」
何処で聞いていたのか次女の鈴音が襖の向こうで泣いていた。
「父上なんて嫌い!」
そう、泣き叫んで収まらない鈴音をあたしは部屋の外に連れ出した。
そして諭すようにゆっくりと鈴音の目を見ながら、こう言った。
「鈴音、父上は、あたしを、母を思ってああ仰ったのです。
父上を責めてはいけません。
さあ、もう部屋に戻りますよ。」
鈴音を宥めながら、あたしは思った。

明日の朝早く出て行こう

早朝家を出たあたしは、幼少時を過ごした甲賀の里に向かった。
そして甲賀の里一、いや近江の国一の医師の元を訪れた。
声帯に傷をつけ、元の声を潰し男性の声を手に入れる為に。
手術は気が遠くなるほど痛かった。
でもちゃんと男性の声になった。
これなら佐助さんにもバレないだろう。
あたしはそうタカを括っていた。

伊之助、美鈴、鈴音、母は佐助さんと、あなた達の父上と共に果てます。
勝手な母でごめんなさい。


慶長二十年五月、大阪城内。
真田のお殿様とオレ達家臣が最後の打ち合わせをしていると、1人の小柄な人間がやって来て、自分を仲間に入れてくれ、と筆談で言ってきた。
腕には多少覚えがある、と。
よし、そう言うからには腕を確かめてやる、と家臣の数人が束になりかかって行ったが、その者は見事な剣捌きと身のこなしでこなしてしまった。

ん、さくらなのか?
覆面をしているから顔はわからない。
でも、なんというか、感だ。
「さくら。」
オレは思わず声をかけた。

「さくら、というのはお主のおなごなのか?」
その者は、そう答えた。
男の声だ。さくらじゃない。
オレの勘違いか。

「佐助、もう良い。その者の腕確かじゃ。
明日は存分に暴れてくれ。」
殿の一声で皆自分の寝所に帰り
やがて決戦の朝を迎えた。

「皆の者、わしについて参れ!」
殿の号令で真田隊が一斉に徳川勢目がけ駆け出した。
馬に乗り応戦する者。
刀や槍で応戦する者。
皆一糸乱れず戦っている。
目的は、ただ一つ。
家康の首のみ。
オレも刀で応戦した。

その時前しか見ていなかったオレは背後の敵に気付くのが遅れた。

もはや、此処までか‥

そう思った時だった。
誰かが飛び交ってきてオレの上に覆いかぶさった。
そして、そのまま、その誰かは動かなかった。
背中に矢が刺さっている。
覆面をしていたが、間近でその顔を見てオレはハッとした。

さくら、やっぱりお前だったのか‥


「佐助さん‥騙してごめんなさい‥
あたしは‥最初から‥何と言われようと‥再婚なんて‥するつもりは‥なかった‥」

さくらが喋る度、口から血が溢れ出す。
あんなに澄んだ鈴が鳴るような綺麗な声の持ち主だったさくらが、男の声で、それでも必死にオレに訴えている‥

オレはさくらに離縁を伝えたことを後悔した。

「分かった、もういい、それ以上喋るな。」
オレは思い切り拳を握りしめた。
地面を掻きむしった。

「佐助さん‥あたしの夫は‥佐助さん‥ただ1人‥」

それが最期の言葉だった‥

「うおーっ」
オレはさくらの亡き骸を抱えて兎に角無我夢中で走り林の中の木の側にそっと彼女を置いた。

さくら、待ってろな。

心の中でそう声をかけて再び戦場に大急ぎで戻った。
徳川の兵に囲まれた殿も殆ど動けない状態だった。
「殿っ。」
オレは叫び、殿を担いで走った。

「佐助、もはや、此処まで‥」
殿の声が弱々しかった。
殿を担いだオレは、さくらがいる木の側迄来た。
殿は既に息がなかった‥


オレは既に冷たくなったさくらと殿の亡き骸を抱えながら思った。

殿、来世でも殿の家臣にしていただけますか?

さくら、生まれ変わってもオレ達は、また夫婦になろうな‥


そしてオレ達3人は爆音と共に散った‥

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