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反発


天正18年(1590年)霜月(11月)初旬。

オレの名前は佐助。
後の世では、戦国時代最後の武将、真田幸村様を支えた「真田十勇士」なんて呼ばれて英雄扱いされているみたいだけど、今はまだ甲賀流忍術を学ぼうとしているひょっこだ。
「猿飛佐助」なんてかっこいい名前も、今からずっと先にお師匠様が つけてくれた名だ。 
オレの父さんは美濃国のある武将に仕えていたんだけど戦で死んじゃったんだ。
だから母さんは、オレまで失いたくない、その為には一人で生きていく術を身につけなくてはならない、という理由で、父さんが仕えていた、武将、兼甲賀流忍術の師匠、戸澤白雲斎先生に師事する事になったんだ。
 
***
 
今日は初めてお師匠様の家に行く日だ。
母さんの付き添いの申し出を断って、何回か人に尋ねはしたけどなんとか一人でお師匠様の家迄たどり着いた。
初めてお会いするお師匠様は白髪に加え顎髭も真っ白い。
とても風格のある方だ、と思った。
オレが挨拶をすると、お師匠様は顎髭を軽く摩りながら、
「うむ、わしは厳しいが覚悟せいよ。」と仰った。
それから後ろを振り向き、
「さくら、此方に来てご挨拶をしなさい。」と声をおかけになった。   
呼ばれて間も無くやってきたのはオレより1歳か2歳位年下と思われる色白で黒目がちの可愛い女の子だった。
お師匠様の末娘で、さくら、という名前らしい。
さくらちゃんは、黙って頭をぺこり、と下げただけで自分の部屋に戻ってしまった。

緊張しているのかな? 
   
でも、こんな可愛い子と一緒に暮らせるんだ。
  
オレは修行が楽しみになってきた。  
 
 ***
 
「佐助さんはこの部屋で寝起きして。
それからお風呂は此処。 
厠は此処だから。」
オレに家の中を案内してくれたさくらちゃんは、ニコリともせずにそれだけ言うと自分の部屋に戻ってしまった。

なんだよ、ツンツンしちゃって。
いくら顔が可愛くたってこれじゃ台無しだよ。
嫌だなあ。 
何日か、そんな状態が続いた。 
ある日、我慢できなくなったオレは、さくらちゃんに、
「なんでそんなにツンツンしているんだ?
感じ悪いからやめてくれよな。」と不満を言った。
 
「別に。あたしは元々こんなだから。ごめんなさい。」
ちょっと申し訳なさそうに話すさくらちゃんに対して、オレはなんと返事をしていいかわからなかった。

何か事情があるのかもしれない。 

オレは考えた末に、お師匠様に相談してみる事にした。
             
お師匠様の話によると,さくらちゃんには歳の離れた兄がいてとても仲が良かったが戦で亡くなってしまった。
さくらちゃんと同年代の男の子はさくらちゃんに対してお師匠様の娘、という事で妙に諂うか、逆に「女のくせに。」などと言って威張るかどちらかだったのだ、と。

「それですっかり男嫌いになってしまったようでな。
そのうち直るじゃろう、と思ってはいるがな。」 
お師匠様の言葉を聞いて、オレは納得したような、しないような。
よくわからなかった。
だって、さくらちゃんはお師匠様とは普通に話すんだ。
オレとだってもっと仲良く話して欲しい。
そう思ったオレは一日の修行が終わった申の刻(午後四時頃)。
夕食の支度をしていたさくらちゃんに、声をかけた。
 
「ちょっと河原で話そうよ。」
 
「夕食の支度があるから。」
そう言って渋るさくらちゃんを、                             
「オレも手伝うから。」
半ば強引に誘い出して二人で近くの河原に座った。
 
***
暫く2人で川を眺めていた。
夕陽を浴びて橙色にきらきらと輝いている川は本当に美しかった。

「綺麗…」
ふと、さくらちゃんが呟いた。
                               「うん。綺麗だよな。」
                               ふと目が合い破顔一笑する。
                               ちょっとドキドキした。
                               オレは自分の気持ちがバレないように、ちょっと目を逸らした。
                               「さくらちゃん、言ってくれれば、オレ水汲みでもなんでも手伝うからさ。」
                               オレがそう言うと、さくらちゃんは不思議そうな顔でオレの顔を見た。                           
黒目がちの大きな澄んだ目だ。
木の実のような唇もとても可愛い。
                               「何なら、一緒に修行しようか?」
さくらちゃんが一緒なら修行にもより一層気合いが入る。
何たって女の子の前でちょっとはかっこいい所を見せたいしな。
                               オレがそう言うと、さくらちゃんは益々不思議そうな顔をして言った。
「佐助さんは、「女のくせに」とか「女なんだから」とか言わないんだね。そんな男の子はあたしの周りにいなかったから。」
                               
そう言ってさくらちゃんはとても嬉しそうににっこりした。
さくらちゃんのこんな笑顔を見たのは初めてだ。
 
どうやら、さくらちゃんは、ただ女だからっていう理由で修行にもまともに加われず、手伝いのような事だけしかやらせてもらえなくて反発していたんだろう。
寂しかったのかもしれない。  
                       
「男だから、女だから、とか関係ないけど、人はやるべき事は皆違う、とは思う。」
 
オレがそう言うと、さくらちゃんも納得したようだ。
                               翌日からの修行により一層集中出来たのは言うまでもない。                                                         
                                                 終わり
             
     
    
 
     
  

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