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リーディング小説「生む女~茶々ってば~」第二十四話 そこに愛がある

そこに愛がある

11月、徳川との戦いが始まった。
初めは徳川が有利だったが、真田丸でみなはよくがんばってくれた。
だが内部にいくつもの亀裂が入っていた。
スパイ、裏切り・・・・・・
仲間だと信じていた家来達の仕業に、秀頼の心は切り裂かれ日ごとに消耗していく。

秀頼は戦に負けることが怖いのではなく、状況で人の心が変わる様を目の当たりにするのを恐れた。私は秀頼に言った。
「秀頼それが当たり前です。みな、人は自分がかわいい。
生きていくためにどの道を選ぶのか、自分が決めるのです。
恩や忠誠心を、自分の命とはかりにかけた時、どちらが重いのか決めるのはその人自身です」

秀頼はすべてを失った人のようにうつろにうなずいた。この時、私はだめだ、この戦には負ける」と直感した。彼は生きる意欲を失っていた。そんな大将に命をかけ誰がついていく、というのだろう。

徳川は真田丸での戦いでこそ敗退したが、その後は昼夜を問わず大阪城に攻撃を続けた。それらは城に立てこもる私達に、
城に打ち込まれる大砲の音で、当然夜も眠れるわけもなくなった私達は心理的に追い詰められた。
秀頼は味方がどんどん亡くなり減っていくさまを見て、徳川に和睦を申し伝えた。

徳川は大阪城の外堀を埋めることを条件に、和睦を受け入れた。
だが外堀を埋めることは、城としての機能を失うことだった。
豊臣はそれを飲むことで、豊臣は徳川に与した証になる、と信じていた。
それがかすかな未来への希望だった。
和睦後、大阪城の外堀を埋めることが決まった。その工事が始まる前、私は寧々に会いに行った。

寧々は秀吉と実母の冥福を祈るため京都の東山に高台寺を建てた。それは家康のバックアップのおかげだった。私は苦々しい思いを隠しながら、そこに寧々を訪ねた。寧々は静かな佇まいで、私を迎えた。

「高台院様、お久しぶりです。」
寧々に頭を下げた。
「きっと高台院様にお会いするのは、これが最後だろうと思い、挨拶に参りました」そう言うと、寧々は一瞬驚いた顔をした。

「淀様、何を言われるのですか?」

「いえ、私にはわかります。
最後だと思ったからこそ、こうして会いに来たのです」

向き合って座った私に寧々は

「プライドを捨て、徳川メインの政権で豊臣が生き延びれる道を探してはいかがでしょう」

と言ったが、私は黙って首を左右に振った。

それは私も何度も考えた事だった。だがいくら考えても、家康にとって秀頼はこのまま生かしておくとまずい存在でしかない。豊臣をこのまま存続させることは、秀頼の命を家康に差し出す、ということだ。それも一時のことで結局豊臣はつぶされる。
だからその案は断じて飲めない。
だから、徳川と戦うしかない。
私は秀頼の為に、豊臣を守られなければならない。

豊臣の未来に意見の異なるわたし達は、袂を分かっていた。
寧々は、秀吉や豊臣の亡くなった者たちの冥福を祈りながら徳川方に、守られていた。私はこれが寧々と会う最後だろう、と決意していた。

寧々は懐かしい目をして、私を見た。

「そうですか・・・
もうあなたにも会えなくなるのですか。
さみしいことです。
みな、私を残して行ってしまうのですね」

「高台院様は、お幸せでしたか?」

「ええ、私は秀吉に出逢いハラハラドキドキさせられながら、たくさん夢を見させてもらいました。
私にとって、秀吉こそが子どものような存在でした」

夫が子供の代わりになるのか?!寧々の言葉に私は驚いた。思わず

「夫ではなく、ですか?」と聞き返した。

「ええ、夫と言うよりもやんちゃ坊主が一人いた感じです。
秀吉が亡くなった時、私は夫と息子を一度に亡くしたように心にぽっかり穴が空きました。どれだけ泣いてもその穴は埋められません。」

寧々の瞳はゆるみ、涙が流れ出た。私はこれが最後だと思ったので思い切って聞いた。

「私のこと、恨んでおりますか?」

流れ出た涙をそのままに、潤んだ瞳で私を見た寧々はキッパリ言った。

「いいえ、恨んでなどおりませんよ。
あなたは秀吉が一番望むものを、与えてくれました。
あんなに喜んだ秀吉を見ることができて、本当にうれしかったです。
それに・・・・・・」

寧々は口ごもった。言おうとかどうしようか迷っているようだった。それは的に向け矢を放つかどうか迷っているようにも見える。そして私の顔をじっと見て、じっくり狙いを定め矢を放った。

「私が淀様とのことを、勧めたのです。
淀様ならきっと秀吉の子を産んでくれるから、淀様を手に入れなさい、と」

寧々の言葉は私の心を射抜いた。これまで秀吉の一存で、私は秀吉に抱かれた、と思っていた。が、それを秀吉に勧めたのが寧々だったとは!
寧々が裏で糸を引いていたとは!

あまりの衝撃にめまいがし、私は畳に手をついた。彼女は自分の言葉で私にショックを受けさせることが、目的だったのだろう。私は声を震わせ、寧々を問いただした。

「どうして私が秀吉様のお子を産む、とわかったのですか?
これまであまたの側室がいても、産めなかったものを」

「あなたならきっとどんな手段を使ってでも、秀吉の子を産むことがわかっていました」

寧々は、ふっと笑った。

「あなたは本当に期待に応えてくれました。
心から感謝しています」

その笑顔は菩薩のように美しかったが、私の背筋はぞわっとした。
知っていた!寧々は、秀頼と鶴丸が秀吉の子ではないことを知っていた上で、そしらぬ顔をして私と秀吉の前にいたのだ。

私は身体中の毛が総毛立ち、両手を固く握りしめた。怖い・・・
初めて寧々が怖い、と思った。震える私をスルーした寧々は言った。
「ところで、千姫はどうするおつもりですか?
あの子は、あなたの姪ですよね。
とても素直な方ですね。
秀頼様のことをとても愛しています。
あの方は秀頼様と離れず、運命を共にしたいと思っているのでは?」

私も千姫のことは、ずっと考えていた。
あの子は嫁であり、大切な人質だ。
私達の盾になってもらわねばならない。
本人もそれを望んでいるのを知っている。だが、それを今平然と言う寧々が不気味だった。

「千姫がいることで、秀頼は生かされているのでしょう。
彼女には、感謝しています」かろうじて、私はそう答えた。

「あなたはこのまま千姫を、大阪城に置いておくのですか?」

「いえ、あの子にはいずれ江のところに戻ってもらいます。
豊臣の道連れにするわけにはいけません」

寧々は私の返事を聞いて、にっこり笑った。

「では、そのむね、徳川の方に伝えてよろしいですか?」

「ええ、よろしくお願いいたします」

私は一刻も早く、この場を立ち去りたかった。話が途切れたのを機会に、寧々に頭を下げた。

「高台院様、ごきげんよう。
もうお会いすることはないでしょう。
ありがとうございました。
さようなら」

寧々もそっと頭を下げた。
「淀様、さようなら」

私は半ば放心したように、ふらふらと部屋を出た。
寧々が私と秀吉を取り持ったとは・・・・・夫に他の女を抱かせてまで、彼の願いを叶えさせた寧々。
そこまで秀吉を愛していたのか?そこまで夫に尽くせるのか?

私は子どものために尽くせても、夫には尽くせないだろう。

寧々の寺を出た私の上にパラパラと雨が降ってきた。大蔵卿局が私に傘をさしかけた。部屋の外で彼女は私と寧々の話を聞いていたはずだ。私は黙って大蔵卿局の手を握り締めた。彼女も黙ったまま私の手を握った。

私は雨の降る天を見上げた。
私は尽くせる。
秀頼のためにならこの命、かけられる。秀頼のためになら、命を捨てられる。

私は大阪城にいる秀頼に話しかけた。

ねぇ、秀頼
どうして大蔵卿局や治長が最後まで私達といると思う?
そこに愛があるからよ。
あなたと私への義理でも忠義でもなく、純粋な愛があるからよ。

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