見出し画像

教育の選択

こんにちは〜
訪問ありがとうございます。

こちら七飯ななえでは、朝から日差しも強く汗ばむ陽気に夏を感じています。千葉で暮らしていた私にとって、北海道の夏はカラッとしていて不快さが少なく、ヒートアイランドからも解放され快適に感じます。
庭の向日葵が、暑さを歓迎しているかのように、スクスクと成長し開花し始めました。


私の娘は、現在、住み慣れた千葉の地で生活を送っています。小学6年生の時に、自ら学校に行かない選択をし、中学校は一度も登校しませんでした。それでも、今は自立し、自分の力で歩んでいます。自分が選んだ結果を人や何かのせいにする事なく、淡々と受け止め生きているように見えます。小学生の頃は怒りを私に何かと吐き出していたので、現在の姿は当時からすると想像がつかないくらい強くなり、また成長したと感じています。

コロナ禍の現在、不登校の数も増える一方だと聞きます。「義務教育」という言葉が価値観として根付いていますが、もはや今の教育の在り方に限界を迎えているように感じます。しかし世の中的に不登校=社会活動が出来ない子、将来就職が出来ない子などというレッテルが染み付き、まだまだ肩身の狭い思いもされている方もみえると思います。だからこそ、教育のレールに戻そうとする動きも見られますが、それには無理があると実感しています。そして、一見、レールの上は安全であり安心をもたらしてくれますが、絶対的な保証はなく、またレールから外れても、その子次第でいかようにも道は開けてもいくのだと感じています。
私は娘が中学を卒業する時、娘に変わって卒業証書を受け取りに行きましたが、その時、校長室で自分の思いの手紙を読ませてもらいました。そこで読み上げた手紙を紹介します。


中学は一度も出席せず、先生方には心配をかけましたが、娘は今、新しい生活をあれこれ想像しながら送っています。

小6の時、それまで一見当たり前のように通っていた学校へ「やっぱり学校は私には向いていない。」と言い通わなくなりました。どうやら娘にとって学校という存在は、自分らしく輝く事が出来ずに息苦しさを持ちながら生活していたようです。私の知っている娘は、周りに流される事なく自分の考えを大切にします。自分が今やりたい事を大事にして、悩みながらも過ごしてきました。好きな事をしている娘の表情は、目をキラキラさせ、その姿に学校へ通えていなくても、私は生命力を感じていました。

今の日本は6歳になると小学校へ通うシステムになっています。本人にその準備が出来ていなくても、学校生活がスタートします。学校の教育システムに上手く適応出来る子が多い中、一方では、その子が持つ個性(気質)に埋もれてしまう場合があります。いろんなタイプの子どもたちがいます。大人が決めたひとつの学校システムしか道がないとするなら、そのシステムに違和感を感じる子どもたちの目は輝いていけるのでしょうか…。子どもたち一人一人が自分に合った教育が受けられ、その子らしく輝ける世の中となってくれる事が私の願いです。

2015年 3月

子どもたちは、教育を受ける権利があり、学校のみならず、フリースクールやオンライン学習など多様な学ぶ場所からいつ、どのように学ぶかその選択は子どもたちにあると、苦しさから解放される子たちが多いように思います。同時にこれからは、テストで順位をつける競争の教育から個性を重視した今とは全く違った価値観の教育へと変化していく予感します。

サクラ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?