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ショートショート【上空5000メートルで飲むコーヒーとオムレツ】

“Good morning. We will be landing at San Francisco International Airport in about two hours.”

「皆さま、おはようございます。当機は、サンフランシスコ国際空港に約2時後に着陸する予定でございます。」

羽田からサンフランシスコへのANAとユナイテッド航空の共同運航便の機内でアナウンスが流れる。機内の照明が続々とつき、フライトアテンダントが食事を用意する音と匂いが漂う。

望月美奈子は、浅い眠りから抜け出し、航空会社のロゴが入った薄いネイビーのブランケットを、もう一度きつく体に巻きつける。
空の上はこんなにも冷えることを、初めて知った。

疲れをみせない身のこなしで、フライトアテンダントが機内食と飲み物のカートを押しながら前方から歩いてくる。
機内食は、卵とパンのセットか、パスタか選べるみたいだ。

日本時間は夜9時だが、西海岸標準時では朝の5時。これから1年続くアメリカ生活の、記念すべき初の朝ごはんである。

美奈子の席はエコノミークラスで機体の後方だ。自分の列までたまごのセットが売り切れていないかソワソワ待っていたら、先に白人のフライトアテンダントが飲み物のカートを押してきた。

“What would you like to drink?”
“Uh, coffee, please.”
“Cream or sugar?”
“No, thank you.”

英会話レッスン外での、初めての英語でのやりとりに緊張し、声が上ずり、恥ずかしくてうつむいてしまう。
フライトアテンダントはOKと言い、慣れた手つきで、保温ポットからスターバックスの紙カップにコーヒーを注ぎ、渡してくれた。

美奈子は座席のテーブルをひろげ、ブランケットにくるまったまま、まだ少し湯気が立つコーヒーをすする。インスタントだろうか、少し粉っぽい人工的な苦さが口内をおおうが、飲めないことはない。
冷えたからだも熱を欲していたし、入国検査で馬鹿なことを言わないように、しっかり目を覚まさないといけない。黒くて温かい液体を、ぐぐっと飲んだ。


機内食を配るカートが、ようやく美奈子の列までやってきた。カートを押すフライトアテンダントの名札にはTAKAHASHIとかいているが、デフォルトで英語で話しかけることがマニュアルなのか、

“Egg or Pasta?”
と聞かれた。
「あ、えっと、たまごで。」
焦って思わず日本語で返してしまう。
「かしこまりました。」

と、TAKAHASHIさんは全く表情を変えずに、機内食のトレイをテーブルにすっと置いてくれる。

簡単なやり取りにキョドキョドしてしまう自分が情けなくて、恥ずかしい。しかし、これが今後一年間続くのだ。異国、異文化、慣れない言葉、キョドってしまうのも仕方がないと自分に言い聞かせる。
 
機内食は、熱々のオムレツ、半分凍ったサラダとフルーツ、カチカチのロールパンと固いバターというメニューだ。

機内食は不味いと、他の留学した友達が言っていたが、それほど悪くないと美奈子は思う。凍ったパイナップルとイチゴは残したが、オムレツとパンを、残っていたコーヒーで流し込む。

食べ終わったころに、もう一度さっきの白人フライトアテンダントが飲み物のカートを美奈子の列に止める。

“What would you like to drink?”
“Coffee, please.”
同じやり取りだ。
“No cream or sugar, right?”
“That’s right. Thank you”

クリームも砂糖も、いらないよねって、一巡目のやり取りを覚えていてくれたみたいだ。その心遣いに胸が熱くなり、不覚にも泣きそうになる。ぐっと堪え、美奈子は、目を見てはにかみながら、Thank youと言った。

二杯目のコーヒーを飲みながら、小さな楕円形の窓のブラインドを上げると、差し込む朝日に射抜かれた。

着陸のために機体は高度を下げ、約5000メートルあたりを飛行しているらしい。晴れ渡った空、光を遮る雲はなく、朝日はまっすぐに美奈子を照らしていた。
 
 

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