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311。当時仙台に住んでいた者として。

私は「過去」については速攻忘れる派だが、この日ばかりは忘れられない。
いや、ホントは忘れそうになるけどこの時期は思い出そうとしている。
忘れてはいけないと思っている。

いまだに被害に遭われた方の記事などは涙無しでは読めないし、今も継続して支えてくださっている方々には尊敬と感謝しかない。

当時被害に遭われた方々、亡くなられた方々、未だ行方不明の方々、そしてそのご家族の方々には心からお悔やみとお見舞い申し上げます。

これらのことを大大大大前提として。
これから書くのはこの何万分のイチのほんの小さな小さな器の小さな話です。

私は当時仙台のどちらかというと中心部に住んでいて、幸いにも津波の被害はなかった。
なら良かったじゃんっていう話なんだけど。
でもね。
津波の被害が無かったとしても、
あの時はみんな本当にそれぞれひとりひとり誰もが頑張っていました。

今だから思えるけど。

数か月経っても家のお風呂に入れないまま会社に来てる人もいたし、
毎日毎日給水所に並ばなきゃいけない人もいた。
家の中もままならないのに仕事では通常業務をしなければならない。
体調を崩す人も多かった。
交通機関も復旧まで数か月かかってた。
場所によっては数年かかってた。
海沿いじゃなくても。

津波被害のあった沿岸部でなくても広範囲においてみんな地味に数か月間、場所によっては数年耐えていた。

もちろん沿岸部の方々の足元にも及ばないが。

でもね。
本当に私の周りでは愚痴をこぼす人は居なかった。
あのときは
「もっと大変な人がいるから」
「うちは津波が来なかったから」
「自分の家はたいしたことなかった」
と周りの誰も文句や愚痴のひとつも言ってなかった。
大変とかツラいなんて思えなかった。

むしろ自分はこれ位で済んでいて申し訳ないとみんな思っていた。
もちろん私も思ってた。


ちなみに私事だと、この時「突発性難聴」になったりした。
医者からは即入院レベル。
でも病院に空きが無い。
治る確率50%と言われてた。
ま、治したけどね。気合で(笑)
(ちなみにその前には椎間板ヘルニアになったことがあり
その時も医者からは治らないと言われたが治した。
人間の可能性を舐めてはいけない(笑))


とにかく。
地味に数か月間、毎日毎日のことだし口には出さなくてもストレスやら負担はみんな溜まっていたと思う。

それなのに我慢強い東北人は自分たちが頑張ってるなんて気付いてもいなかった。認めてもいなかった。
ある意味少しだけ戦時中の匂いもした。

誰かがあの震災は我慢強い東北人だから堪えられたと書いてあったが
確かにそれはそうだと思う。

でも我慢はやっぱりどうしたって歪を生む。
その歪は例えば数年後の私のように心の中で悪態をつくとかで出てしまう(笑)

それはある地域で災害があり停電やら断水になってしまった時。
その時のニュースやらSNSで住民はちゃんと不満を口にしていたのを見た。
正直、私は「え?たった1日のことで?」と思った。
ごめんなさい。

これもまた数年後の話。
私は仙台を出て移住して会社員をしていた時のこと。
会社で震災の話になり、私は例によって「津波被害にはあってないんで」の一言で終わったのに対し、上司のおじちゃんは当時あった節電対策(通常より1時間早く出社で大変だったとか)について長々と話してた。

それ位我慢しろよと思った(笑)
毎日温かいご飯は食べれていたんでしょって。

仙台を離れたら「震災」は遠くで起きた他人の出来事の話になっていて寂しく感じた。

で、同時に
あ、大変とかツラいとかみんなちゃんとクチに出してるんだなって思った。
これが地域性の差かと。

そして私もあの時大変だったしツラかったよなとも。
(会社のおじちゃんよりも笑)

そしてもっと本当は他人にも労わって欲しかった自分にも気づいた。
「私の方が大変だったのに」みたいな。
(被害が無かった人に比べて)

そして勝手に自分で我慢して当時の話もしないくせに、
他人には「察してよ」みたいな自分の傲慢さも。

自分では認めてなかったが、
私には癒されていない小さなキズが残っていた。
数年経っていて脳内ではもう過去のことになっていたけど
身体はちゃんと覚えていたようでして。
ふとした時にキズが疼いていた。


うーん。…上手く表現が出来ないんですけど。

だからといって溜まらないようにブーブー文句ばっかり言ってるのもアレなんで。
とりあえずあの時、頑張っている自分に気付いて認めてあげて良かったんじゃないかと。
せめて自分だけは褒めて自分を癒してあげていいんじゃないかと。
こっそりとでも。
というかするべきだった。

これは震災のことに限らず普通の日常生活においてもだけど。


その癒えていなかったキズは口に出さなくても目には見えなくても、
結局はその人の空気感やらエネルギーやらで外に漏れ出てしまう。

そしてそれは周囲の人にも伝染し重くのしかかってしまう。
そして図らずもその重い空気は広がりやすく
あっという間に集団意識をつくってしまう。

正直、震災後の東北にはそんな空気が漂っていたし、
私もすっかりのみこまれていた。

どうしたって今の世の中、明るさ(ポジ)よりも重い(ネガ)の方がまだ強い。


そうならないためにも、まずは自分でちゃんと自分を癒す。
自分を癒すのは結局自分しかできないし他人に求めるものでもない。

私みたいに他人から慰めて貰うのを待ってたら、
「完全」に満たされることはきっと、絶対に無い。
自分のキズは、まず自分で頑張ったことを認めて、
そして自分で褒めて癒して手放さないと。
人は認めたものしか手放せない。

そして自分の想いは自分で責任を持つ。
自分は自分でご機嫌にする。
周りに重いものを広めないためにも。

あの時の東北のみなさん頑張っていましたよ。

もちろん311に限らず数々の地震や災害被害にあった全ての人達。
今現在も日常生活を取り戻せていない能登の方々。

そして普段の平和な日常生活においての全ての人も。

みんな頑張っているよなぁぁーーー。
あなたも私もみんな。
なんだかみんなもう少し楽になって欲しいなと僭越ながら思うのです。

我慢し過ぎるのでもなく。
ぶぅぶぅ文句だけを言うのでもなく。
他人に求めてばかりでもなく。
まずは自分からなのかなぁ。

と思うのです。

って全く上手くまとまらないけど、
一応3月に感じる想いなので4月になる前に終わりますm(__)m






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