誰かへのフィードバックこそ、自分の成長機会と捉えたい
編集者なりたてのころ、あるライターさんにこっぴどく怒られたことがありました。
僕「これはこの部分が面白くなく感じるので、もっとこういう感じにしてください」
ライターさん「面白い面白くないは主観ですよね。どういう効果を期待して、どう直したいのか具体的におっしゃってください」
いまでも、折に触れて思い出します。
ゴールは評論ではなくブラッシュアップ
人がフィードバックするところを見ていて、「ここが読みづらかったです」「ここはちょっと余計に感じました」など、単なる「評論」になってるな、と感じることがあります。
「わからないところ」や「つまらないところ」は、誰でも指摘できるんですよね。それはフィードバックではなく、ただの評論にすぎません。
せっかくフィードバックするなら、相手の狙いを汲み取って、さらにブラッシュアップしたい。その狙いが目的にそぐわないのであれば、何故そぐわないのかをロジカルに説明してあげたい。批評にとどまるのではなく、一緒にクリエイトしたい。
最近ふと、あの怒られた日のことを思い出し、そんな思いを新たにしました。
フィードバックって成長するためのいい機会なんですよね。相手に「もっとこうした方がいい」ことを「何故よくなるのか」も含めて伝えるために、言語化と整理しする必要がありますから。「思考の解像度」が無理やり上がるきっかけになる。
上記のライターさんのように、フィードバックの甘さについて指摘してくれるのはラッキーです。そこまでしてくれる人はそう多くありません。みんな忙しいですから。何も言わず、こちらの意図を汲んでブラッシュアップしてくれる優秀な人もいますしね。
現場からは以上です。
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