無音のバイオリン弾き 2
バイオリニストの写真は良い仕上がりだった。
人気の無い河川敷。
頭上の線路から漏れる柔かな光の中で風を含んで揺れる髪。
こちらをまっすぐに見つめる瞳。
私の持つ力以上の何かが、この瞬間の為に向こうからやってきてくれたのだとしか思えなかった。
私はプリントした写真を彼に見せたかったが、彼が喜ばないのは分かっていた。
草を掻き分けながらけもの道を歩く間に私達はバイオリンと写真についての会話をしていたからだ。
彼は本当は自分が撮られるのも写った写真を見るのも好きではないこと、
何故か今日は撮られてもいいと思ったこと、
大切な秘密の練習場所に案内したくなったこと、
いつかCDを出すなら弾くと決めている曲があること、
それから、以前この道で野良犬に追いかけられて必死で逃げたこと。
ほんとに死ぬ覚悟したんだからと彼は笑って言った。
私はギターを聞かせてくれた好きな人の面影を写真に残したくて、彼の中にそれを見つけたことを話した。
彼は、僕が今日いつもは通らない道を通ってあなたに会ったのは呼ばれたのかも知れないな、と言った。
写真は要らないと言われていたけれど、私はどうしても彼に渡したかった。
見るか見ないかは彼が決められるようにCD-ROMに画像を入れることにした。
画像を落としたCD-ROMを透明なプラスチックのケースに入れて閉じた。
これならいいだろう。
真四角のケースはジャケット写真を入れられる作りになっている。
私の使っている二眼レフカメラは正方形の写真が出来上がる。
思い立って私はケースに合わせてプリントした写真を入れてみた。
なんだこれ。音楽CDみたいだ。
彼が話していたいつか弾きたい曲の名前が頭をよぎった。
ジャケット写真に黄色い文字が浮かんで見える気がした。
私はそのイメージが消えないうちに慌ててパソコンに向かい、なぞるように曲名と彼の名前を黄色い文字にして乗せたプリントを作りケースにセットした。
まぎれもなく、それは音楽CDだった。
たった一つ違うのは、まだ音が無いことだ。
作るつもりなんて無かったCDが気づけば物体として目の前にある。
後は音が鳴るだけで完成だ。
彼は私に呼ばれたと言っていたけれど、実は私の方が彼に呼ばれてこれを作らされたんだ。
そうとしか思えなかった。
鳥肌が立った。
後は彼がバイオリンを弾くだけだ。
もう一度ジャケット写真を見た私は、このCDは幻で終わると悟った。
彼は弓を構えていない。
音が出ることは無いのだ。
見る人が見たら僕の技量不足が分かってしまうから。
そう言って彼は弓を構えず写真に収まった。
彼は誰にどう思われようが弾きたいという気持ちより、自分が他人にどう思われるかを優先した。
それが全てだった。
私が彼にCDを作らされたように、きっと彼には想いを形にするだけの力があるのだろう。
格好悪い姿を晒しても、笑われても、それでも弾きたい。
彼がそう思い切れるかどうかが彼の未来を決めているのだ。
強い想いは形になるのだと私は今でも信じて疑わない。
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