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押入れ一方通行

家賃7万円から5千円引かれて、6.5万円。都内駅近5分、アパートの201号室、ワンルーム、ユニットバス。家の下はコンビニ。

まあまあいい物件だ。特に家の下がコンビニなんて、最高じゃないか?
実家は歩いて20分のところにようやくコンビニが一軒あるので、テンションが上がる。

しかし内見の際に不動産屋から『ここ、いい物件だけど人によっては難点があってね。この押入れ開けてみて下さい。』

そう言われて怖々押入れを開けた。
「えっ?これは。」

何も無いはずなのに、押入れの中からは[ザ•友だちの家の匂い]が漂い、中には見知らぬ布団が2人分入っていた。

『あちゃー、お客さん何か過去に押入れとワダカマリありますか?』
「押入れに、わだかまり?心当たり無いですが。それと何かこの布団が関係あるんですか?」
『実はこの押入れ一癖あってね、押入れとワダカマリがある人が開けると、他の家の押入れと繋がっちゃうんですよ。』
「そんな事あるんですか?信じられない。じゃ僕が住んだら、この押入れ使えないんですか?」

ショックだ、少し高いがせっかく駅近で家の下にコンビニがある良い物件だと思ったのに。

『そうですね。押入れは使えませんが、家賃から5千円引いて月6.5万でいかがですか?収納には不便でしょうが。』

少し日を置いて考えたが、結局この物件に決めた。

引っ越してから、暇があれば押入れを開け閉めした。単純に他の人の押入れを見られるのが面白いから。

押入れ図鑑なるものを作り、写真と何が入っているか、どんな人が使っているかの予想、そして個人的な趣味だが総合得点を付けたものを書き記し、非公開ブログに残した。

大体は布団が入っていたり、衣装ケースが入っていたり収納に使われていた。
それぞれ、その家の匂いがあるのも面白く感じた。
お香っぽい匂い、収納ケースに入れる防虫剤の匂い、新築の木の匂い、女物の香水の匂い。

たまにとんでも無く、汚い押入れもあり何に使っているんだか、獣っぽい匂いのする押入れにも繋がった。

得点が高い押入れは、珍しいものや心揺さぶられるもので写真の現像に使っているような押入れや、子どもの秘密基地になっている押入れだ。
1度儀式に使っているような押入れもあって、ゾッとして写真も撮らずにすぐに閉めた。

毎日「押入れ」と向き合ううちに、わだかまりについて考えるようになった。
秘密基地になっている押入れを見て思い出した。
私は小さい頃に、押入れで遊ぶのが大好きだった。

ここに住んで3ヶ月経った。
今日もまたガラッと押入れを開ける。

5歳くらいの子どもが居た。
子どもはハッとした顔をして、こちらを見上げた。その顔には見覚えがあった。涙の跡が頬を伝ってついていて、泣き腫らした目が痛々しい。

私は押入れで遊んでいて、建て付けの悪い戸が内側から開かなくなってしまった事を思い出した。

防災用にと100均で買った黒いプラスチック製のシンプルな懐中電灯と、何かのおまけで貰ったゆるキャラのスライドパズルを手渡した。

子どもは、驚きながら受け取った。
「もうすぐお母さんが、開けてくれるよ」
そして戸を閉めた。

深呼吸をして、もう一度押入れを開ける。
空の押入れが、あった。押入れの右壁に『メゾンイシイの201押入れ』とメモが貼られていた。

なんだか、すっきりとした気分だった。
とりあえず、押入れの中に衣装ケースを入れた。部屋が幾分か片付いた。

週末実家に帰った。
実家に置きっぱなしの、学習机の鍵付きの引き出しを開けると『大事なもの入れ』の中に、引っ越してしまった友だちから貰ったバトエン、耳鼻科で中耳炎を治した時に貰ったクマの小さい消しゴム 、通学路で拾った隕石?(だと思っている物)と一緒に黒いシンプルな懐中電灯とゆるキャラのスライドパズルが入っていた。

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