いつか恩師にお礼を言いたい

お礼を言いたい方や恩師は、ありがたいことに何人もいらっしゃる。「お礼を言いたいシリーズ」で続けようかなと思うほど。
でもとりわけお礼を言いたい恩師がいる。
高校3年生の時に担任だった、T先生だ。
先生のお陰で大学へ行けた。

T先生は、記憶力に自信の無い私のうろ覚えの中では、ちょっと変わった先生だった。担当は生物で、微生物好きの変わり者みたいに思っていた(失礼)。特別熱いタイプではなく、割とさらっと飄々としていたように思う。特別学生想いってわけでもないんじゃないかな〜とか当時思っていたような気がする。

時は高校3年、受験生。私の成績は中間期末テストではなんとかそこそこ良い点を取るけど、全く実力が
伴わないタイプだった。なので実力テストはいつもボコボコ。唯一良かったのは現代文・古文。好きだったので。でもいかんせん学内の成績がそこそこ良かったので、ちょっと良いクラスに入っていた。

そのクラス(であり当時の校風)は「指定校推薦は他のクラスが取るもの。専門や短大?受験して大学へ行こう!」だった。
しかし実力の無い私。でもうちに塾や予備校へ通う余裕は無く、かといって自力で勉強しようとしても、残念ながら気合いがなく続かなかった。

というよりも、進路を決めなければいけないと分かっていても、特別やりたいことや、夢や、勉強したい分野も何も思い付かなかったのだ。(美術部に入っていて油絵を描くことは好きだったけど、もちろん美大に行けるような腕前もなければ「これが描きたい」というテーマ等ももちろん無かった。また当時専門という選択肢は存在しないようなものだった。)

だけど「大学にはちゃんと行って、ちゃんと就職しなきゃ。なんとかしなきゃ。でも、どうしたらいいんだろう?」といつも不安と焦る気持ちでいっぱいだった。

せめて学力アップはしておきたい!と、学校で受けられる特別講座等には片っ端から参加してみたものの、勉強するのはその時間だけで続かなかった。根気がなかった…講座代を出してくれていた親には申し訳なく思う。
勉強が続かないことも、自分の気持ちをさらに落ち込ませた。

そして進路相談の日。
T先生に何かやりたいこととか無いの?と聞かれてこたえたのが「…雑貨屋さん?」だった。
おいおい当時の私何言ってんだい先生困ってるでしょうに!とハリセンでスパンといきたくなる。

それなら高卒でパートかなんかで就くつもりかい?
いやいや大卒で雑貨関連のところへ就職したいの?
それとも何か作りたい方?
自分で買い付けしてお店を開きたいとか?

…何にもわかってなかった。ただ雑貨好きだしなくらいの気持ちを、どうにか絞り出しただけだった。
ただとにかく、何もわからなかった。真っ暗闇だった。
大学の案内を見てもよく分からない。やりたいことも分からない。でもみんないい大学目指してるし、私そこそこ良いクラスにいるし、と変なプライドも持っちゃって、とにかく良い大学行かないと、などと思っていた。
頑張って勉強しているわけでもなく、偏差値低いのに。


相当呆れたであろうT先生がどんな反応をしていたかはよく覚えていない。苦笑いだったような、あちゃーと落胆していたような気もする。
そして言われたのが「オープンキャンパスに複数校行くこと。行った大学を報告すること。」

夏休み頃だったろうか。4校くらい見学に行ったと思う。その中で1校、なんか雰囲気いいなと思えた大学があった。こじんまりしているけど緑が多くて、なんだか小学校を思い出して懐かしくて。海外の文化について学ぶのも、当時世界史が好きで、美術館に行くのが好きで、読書するのが好きだったのでなんかいいかも、と思ったような気がする。

そしてT先生に報告。私の話を聴き、大学の資料に目を通した先生は言った。
「よし、じゃあここのAO入試受けよう。」

AO入試!?えっ無理やだ!レジュメにレポートに発表?意味わかんない!しかもドイツ語やるの!?英語もまともにできないのに!

当時の私は大困惑。
でも今なら思う。実力根気なし、予備校に通う余裕もなし、進路へ特別な希望はないけど大学へ進学したくて、なんとなくいいかなと思ったところにそれほど学力を必要としない(失礼)な入試方法がある。
そこにかけて突っ込むしかないじゃないか。

そして私のAO入試の準備が始まった。
小論文や志望動機などの練習はT先生がしてくれた。私は自分で書いた小論文を「T先生に読まれんの恥ずかしいからやだな〜」なんて思っていた。
ハリセンでスパンといきたい。
あんた、有難いことこの上ないでしょうが!お忙しい時間を割いて、のほほんと訳もわからず現実が見えていない子どもを、何とか大学に行かしてやろうと指導してくれてんのに!

レポートとレジュメ作りは世界史の先生が全面協力してくれた。当時は非常勤講師だったと思う。放課後に親身に楽しく、やる気満々で教えてくれた。もともとこの先生の授業が好きで世界史が好きになったので、大変だったけど楽しかったし嬉しかった。
…この先生に依頼してくれたの、T先生だっけ?自分でだっけ…?
この先生ももちろん恩師です。もしお会いできたらお礼が言いたい。本当にありがとうございました。大変お世話になりました。


そしてAO入試へ。
ちょっとしたゼミ形式で調べてきたことの発表をした。初めての経験で緊張した。
小論文は割と書けたような気がするけども、読み返せるわけでもないのでわからない。

でもなんとかなった、合格した!
私大学に行ける!!


T先生に合格の報告した時のことは、残念ながら全く覚えていない。たぶん、さらっとしてたんじゃないかなぁ。熱くなるタイプではなさそうだし…(失礼)

とにかく先生たちのおかげで、私は無事大学へ行くことができた。結果として、本当に通えてよかった。雰囲気良し、学ぶ内容も楽しい。ドイツ語は辛かったけど。
そこでできた気の合う友だちの中には、なんとAO入試の時から一緒だったこもいる。「似た分野が好きってこんなに話が合うんだ!」ってすごく嬉しかったことを覚えている。今もずっと仲良しで定期的に集まったり、一緒にライブへ行ったりしている。
部活にも打ち込んだ。
そしてこの大学で出会ったのが今の夫。

なんかもう、この全部がT先生のお陰だと年々、そして何かの節目のたびに思うのだ。
あの時先生が、AO入試を受けろと言ってくれなかったら?
そもそも大学へは行けなかったかもしれない。
私は大好きな友だちにも、夫にも出会えてなかった。
あんなに部活に打ち込むこともなかった。
息子たちにも会えなかったかもしれない。

だから何度も何度も思い出す。
思い出しては本当にありがとうございましたと心から、頭を深く下げてお礼を言う。
担任で、それが仕事で、当然の内容なのかもしれない。でも私にはそんなことどうでも良いのです。
大変お手数おかけしました。
本当にありがとうございました。


T先生がこのnoteを見ることなんて無いと思う。
まだ先生をしていらっしゃるだろうか。母校に行ったら会えるかもしれないけど、そもそも私のことは覚えていないかも。特別特徴があったり印象的なタイプでもないし。
でもいつか会えたらなぁ、ちゃんとお礼を言いたいなぁ。当時の私はそれがどれだけ有り難いことか、手間暇かけて頂いたか、わかっていなかったから。

先生、本当にありがとうございました。
お陰様で幸せに生きています。
どうかお元気でいらっしゃいますように。


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