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白詰草の犬


夕方、お店の裏から見える土手の道を、毎日散歩しているおっきなおっきな犬がいた。
ちょうどこのコムギの写真みたいに、白詰草が咲き始めたような春の日、わたしは彼にいつものように手を振って挨拶をした、「おーい!こんばんは、今日も元気だね!」
それが最後だった。

毎日毎日、夕方のあの時間
10年前から、彼はこの道を通るのが日課だった。お母さんと一緒に、
綺麗なブラウンの毛をなびかせて、颯爽と気高く歩いて行くように見えた。
わたしがここで働きはじめた頃にはもうここを歩いていて、最初は挨拶もしなかった。
ふふん、僕は気高い大型犬だぜ、かっこいいだろ!
そんな感じで歩いていたよね、夕方の陽差しがかかってキラキラして見えるその毛が君をいっそう輝かせてた。

しばらくして君のお母さんは、お店によく来てくれる常連さんだと気づいた。
「いつも、ここの裏をお散歩されてますよね、綺麗なブラウンの毛色。まだ若いですか?」
そう聞いたら、
「よく言われるけど、実はもう7歳でおじさんなんだよね」
そう言われて、びっくりしたんだよ。君が、あまりにも綺麗で、凛としていて、我が道を歩いていたから。

それからしばらくして、君は覚えてくれた。
「あ、この人は、毎日この時間にここでゴミ捨てをしてる人だ。」

「おーい」と声をかけて手を振ると、足を止めてこちらを見てくれるようになったね。

それから毎年、
「8歳になりましたね」
「もう9歳になったよ」
「軽トラに吠えるのがマイブームになっちゃって」
そんな会話を、君のお母さんと交わした。

9歳になった頃くらいに、君に病気があって病院を頑張ってるって話を聞いた。

そこからは君を見かける日と、見かけない日、
歩いている時と、地面に座って休憩している時と
いろんな君の姿を見るようになったね。

調子がいい時は、出会った頃みたいにブラウンの毛をなびかせて、凛として歩いてた。
「おーい!こんばんは、今日も元気だね!」
そう声をかけると、君は足を止めてへっへっ って笑った。

聞いて聞いて、君に出会えたおかげで、わたしは君のお母さんとすごく仲良くなったんだよ!
一緒に暮らしてる犬の話しをしたり、イベントをした時には来てくれたりなんかして。
いっぱいいろんなお話しをしたよ!
その中でも必ず君の話になって、
ああ、とんでもなく愛されているんだな、って思っていたよ!

6月。
梅雨に入ったのか、入っていないのか、毎年よくわからないままいつの間にか梅雨入りって言われている
くもり空の日、君のお母さんがお店に来てくれたよ。

「こんにちは!お久しぶりですね!」

「こんにちは、いつもありがとう。あのね、犬が天国に行ったよ。」

「いつも、あの子のことを気にかけてくれて、ありがとうね。ずっと声をかけてくれていたから、あなたには伝えておきたいって、思って。」

「え、、、え、でも、少し前にあの時、挨拶して、あの日はちょこっと触らせてくれて。すごく、元気で」

「あれが、最後のお散歩になったよ。1ヶ月前かな。」

「時々、お店がお休みの時には、あの子はゴミ捨て場の前で止まって。お姉さん、いるかな?みたいに覗いたりもしてたよ。10歳。もう少し頑張れるかなって毎日毎日頑張っていたけど、よく頑張ったよ。」

わたしは、さすがに、さすがに涙が出ちゃったよ。
お仕事中だというのにね、ちょっとだけ、許してね。
この時だけは、マスクをしててよかったなあ、って時代に感謝したよ。隠せちゃうからね。
わたしのこと、覚えてくれていたのかな?ゴミ捨てしてる人だ、おーいの人だ、って
君の立派な耳や鼻や、綺麗なブラウンの目が、覚えてくれていたのかな?

彼に会った最後の日が、綺麗な白詰草が咲いていたから、わたしはきっと、花を見るたび君のなびく毛を思い出す。
田植えの時期が来て、あの道に咲いていた雑草は刈られちゃったけれど、春になったらまた咲くからね。地面に太い根を張って、力強く、また生えてくる。

これからはもう、夕方にゴミ捨てをしに行っても君は通らないと思うと、お姉さん、ゴミ屋敷になってしまいそうだけれど、頑張りますね。

春がきたら、またこの道を歩きにおいでよ。お母さんと一緒に!

白詰草の花言葉は
「約束」「私を思って」

「おーい!こんばんは、今日も元気だね!」
これはそれまで、自分自身にかけておくね。

ありがとう!!

______

先日、大好きだった子が天国に旅立った話を聞いて
自分なりの弔いになればと、このエピソードを書きました。
こんな時、直接 飼い主さんにかけられる言葉なんて
いつも、大したことが言えなくて後悔するものです。
だけれど、わたし自身もペットロスを経験していて、かける言葉が見つからなくて後悔している人を、たくさん目の当たりにしています。

大したこと言えなくていいんです。
わたし達に出来ることは、彼らを思い出すこと。
それは、細かく体験した記憶だけじゃなく
音や匂いや、道や景色や。
そのとき生えていた花や草であってもいいわけです。

通りすがりに、
あっ、と思い返す、それが今のわたしに出来ることかな、と思います。

偉そうなことを言ってごめん!また会おうね、茶色の君。

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