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【試し読み】久湊有起×原石かんな 『あなたが目を覚ます』

文学フリマ東京38にて頒布予定の合同誌「Quantum」から、編集部員が二人一組で前後半に分かれて「共作」を行った作品について、前半の一部を試し読みとして公開します。続きはぜひ雑誌をお求めください。


久湊有起×原石かんな 『あなたが目を覚ます』


あなたが目を覚ます。


聞き飽きたアラームの音が部屋に響いて、あなたはそれから逃れようとするように寝返りを打つ。シングルベッドが軽い音を立てて軋む。窓の外では名前の知らない小鳥がさえずり、時折車の排気音がそれを上塗りしていく。朝の静けさ。一度止んだ電子音が再び鳴り始め、あなたは仕方なくまた身体の向きを変え、手を伸ばして携帯を摑む。音が止み、あなたはそのままうつ伏せになって画面を見る。いつもの時間。いつものロック画面。

しばらく携帯をいじった後、あなたは起き上がって窓の前に立つ。半分だけ開くと、まだ少し冷たい風がレースのカーテンを揺らし、ベッドで温まったあなたの身体を刺激する。あなたは軽く伸びをして、そのままバスルームに向かう。顔を洗い、歯を磨く。歯ブラシを口に突っ込んだまま、寝室のテレビをつける。いつもと同じチャンネルから、同じ情報番組の同じようなニュースが流れ出てくる。洗面台に戻り、それを聞き流しながら口をゆすぐ。顔をあげ、鏡を見る。あなたの顔がある。感慨なく、ただ確認をするように、あなたはあなたの顔を見る。

身支度を整えて、時計を確認する。いつもより少し早い時間。しかしあなたは家を出ることにする。通勤路に新しくできたコーヒースタンドの赤い看板を、あなたは思い出す。上着に袖を通し、バッグを肩にかけて玄関へ。靴を履いて爪先で床を数度軽く蹴り、ドアを身体で押した。


晴れた朝だった。薄い青の空には風もない。前日降った雨が路面を湿らせ、靴底からは水の跳ねる音が聞こえてくる。あなたは水たまりを避けながら駅までの道を歩く。花屋の前を通りかかると、微かな甘い香りがあなたの鼻をくすぐる。

住宅街から県道に出て、同じく駅に向かう人の流れと合流する。二つの流れが一つに、時には数本の流れが一度に撚り集まっていき、駅前の商店の並びを過ぎる頃には一本の大きな川となる。あなたはポケットからイヤフォンを取り出し、耳に押し込む。携帯を操作すると、乾いた雑踏の靴音を押しやるようにして、ボーカルの高い声が響く。

改札を抜け、列を成して階段を登り、ホームに到着する。あなたは人のいない乗り口を探して歩く。自動販売機の横に引かれた白いラインの内側に立ち、電車を待つ。到着するまでの間に曲は切り替わり、あなたの後ろには三人の男が並んでいる。あなたはバッグを引き寄せ、いつもより少し混雑している車両に乗り込む。扉が閉まり、電車は走り出す。ドア際に立ったあなたの視線は、窓の外に向けられている。また曲が切り替わる。まばらに雲の浮く空が、しだいに角張ったビルの輪郭に切り取られていく。電車が揺れ、互いに身体を押されながら、乗客たちは次の駅まで運ばれてゆく。

目的の駅のホームに電車が滑り込み、あなたは電車の外へと流れ出る。到着を知らせる電子音とアナウンスが、イヤフォンを突き抜けて耳に届く。ドアが閉まり、徐々に速度を上げる電車を背中に、あなたはエスカレーターに乗り、自動改札機を抜ける。人の波はそこでようやく解放されたかのように、細い筋となってあちこちへ分かれてゆく。あなたはそのうちの一つに沿ってしばらく歩き、目当ての看板のあるところで左に折れた。

緩やかなカーブを描く階段を数段降りた先、人気のない商業ビルの一階に、その店はあった。あたりには飲食店が多く軒を連ねているが、その時間に開いている店はそのコーヒースタンドだけだった。入り口の蛇腹のガラス戸は開け放たれていて、少し暗がりになった店の外のアスファルトに、暖かい色味の照明が投げかけられている。

あなたは店内を見渡しながら中に入る。客はあなたともう一人だけだった。天井とベンチは木目調で統一され、壁は白一色のシンプルなつくりだ。L字のカウンターには目を惹く群青色のタイルが敷き詰められている。その内側に立つ、白のノーカラーシャツに看板と同じ赤いエプロンを着けた店員の男が、いらっしゃいませ、とあなたに微笑む。

ラテ、レギュラーで。あなたはイヤフォンを外し、そう伝える。かしこまりました。店員の男はそう言うと、くるりと背を向けて手際よくエスプレッソマシンを操作しはじめる。あなたはカウンターから離れ、店の奥に目をやった。

ゆったりしたジャズのストリングスが響く店内は、等間隔に配置された裸電球で照らされていた。丁寧に清掃されているだろう床から伸びた壁面には、エアプラントや無骨なシルバーの配線が美しく装飾されている。その傍、店の一番奥のベンチには、先客の姿があった。


それはわたしである。

わたしは携帯の画面に目を落としながら、カップに口をつけている。黒いパーカーにデニムのパンツを履き、足元は白いナイキのスニーカー。ベージュの丸つばのキャップを被り、その下から伸びた毛先が覗いている。

わたしとあなたに面識はない。わたしにはこれといって特徴もない。あなたにとってわたしは、たまたま同席した客同士という以外、なんの関係性もない。だからその時、あな


前半:久湊有起 HISAMIANATO Yuki

一九九〇年四月二七日生まれ。神奈川県横浜市出身。
立教大学経済学部卒業。
大学在学中に江島良祐と劇団ガクブチを旗揚げ。以降は演出・脚本を手掛ける。
二〇一六年より「文藝同人 習作派」として文学フリマに参加。
主な作品に「H+note+R」(2023)、「semi-colon」(2022)、「火炎のシミュラークル」(同)、「トランクルーム」(2019)。現在、会社員。

後半:原石かんな HARAISHI Canna

会社員。小学校五年生の国語の授業をきっかけに小説を書き始める。
二〇一六年に個人サークル「現象」で文学フリマに初出店。
主な作品に「ゴキブリだってフェラチオをする」「平成」「アイルロポダ・メラノレウカ」。


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