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【エッセイ】クリーニング譚

喪服

 ちょっと前に叔父貴が亡くなり、私は葬式に出た。
 叔父貴は私の実父の弟にあたる人物で、若い頃には世話になった事もあり、その死をしっかりと偲ぶ程度の感情はある。

 だがしかし、今回の話題は叔父貴ではなく、喪服である。
 喪服というか、礼服、いやそのクリーニングの話になる。
 当家系はとにかく葬式が少なく、礼服を着る機会自体が極めて少ない。
したがってそれをクリーニングに出すという機会も少ない。
 そもそも私はずっと肉体労働者なので仕事でスーツを着ることもないし、クリーニングに出す着衣なんてのは礼服しかなく、この分野の知識は殆ど皆無と言って良い。
 なので、葬式が終わった後も
「次に使うまでにクリーニングが終わっていればいいや」
程度の認識で紙袋にぶち込んだまま部屋の隅に放置してあったわけで、本日それがふと目に留まり「GWだし」という変な理由で意気揚々とクリーニング店に向かったのである。
 スーパーの駐車場のど真ん中にドカンと鎮座したプレハブ小屋で営業しているそのクリーニング店のカウンターに、とりあえず紙袋ごと置いてみたのだが、その中身に軽く目を落とした中年の女店員は「えっ!なにこれ」と声を上げながら身を引いた。

 結論から言う。中年女店員が声を上げたその理由。
「スーツに毛がついていたから」

 たしかに当家では犬を飼っているので長期に放置してあった礼服の、紙袋から見えている部分にはその毛が付着してはいた。いやしかし、そんなにびっくりするような量ではない。黒い生地に白い毛なのでまぁまぁ目立つけれど、びっしりと覆われているというような状態ではなく、あくまでも付着が見られるというレベルである。
「これ、何の毛?」
「犬ですが?」
「毛が付いたままだと追加料金が高いよ」
「そうなの?どのくらい?」
「ものすごく高い」
「いくら?」
「1着につきプラス1500円」
「!?」
 私は絶句した。
 礼服上着1着の料金が1130円のところ、毛が付着しているというだけで2630円に跳ね上がるというのだからクリーニング・ビギナーの私にとってはもう踊り出したくなるような新知識なのであった。
 中年女店員によると
「動物の毛が付着している場合、どんな菌が繁殖しているかわからず、アレルギーの原因となる可能性もあるので他の洗濯物と同時に処理することはできず、単体での処理となるため極めて高額の追加料金が発生する」
ということで、この対策として
「一旦自宅に持ち帰って粘着ローラーをコロコロしてこの毛を除去、点検した後に再度提出せよ」
とのことである。

 私は泣きながら紙袋をぶら下げ、片道10分の距離を車で帰宅、絶望のあまり90分ほど昼寝をした後、緩慢な動きで粘着ローラーのシートを剥がし、礼服をハンガーに吊るしてこれを丁寧にコロコロした上で「前面ヨシ!背面ヨシ!襟元ヨシ!裏面ヨシ!」と指差呼称での確認を行い、再度10分車を走らせて件のクリーニング店に戻った。

ワイシャツの襟

 今回は若い、おそらく20代と思われる、束ねた黒いスーパーロングヘアに眼鏡と言う、萌え要素満載の女店員が対応した。
 指差呼称の甲斐あって、今回、礼服は無事検問を通過した。

 若い女店員は次にしわくちゃになったワイシャツを点検し、襟を見て
「これ、どうします?」
と私に問う。
「どう、というと?」
と問い返すと気だるげに
「この襟の黄ばみに特殊なスプレーの処理をします?追加料金がかかりますが?」
という返答。私としては滅多に着ないワイシャツにそんな予算を割く気は無いので
「ごく一般的に洗っていただければと」
と指示したところ、若い女店員は食い気味に応えた。
「はい、わかりました。たぶんこれ、落ちないと思います」
「!?」
 私は絶句した。
 汚れを落とすために200円以上も支払うのに追加料金を支払わないと汚れは落ちないという理屈があるのか?ワイシャツの汚れを落とすという基本的な作業がワイシャツクリーニングの基本料金に含まれないという不条理に対して
「追加料金込み300円以上も支払って古いワイシャツを洗濯するなら、どうせ滅多にない葬式なのだからその度に500円程度の安いワイシャツを新調する方が割安なのではないか?」
というような考えが目まぐるしく脳内を駆け巡っているうちに若い女店員は、若さゆえの素早い行動ですでにレシートを発行し、私に差し出していた。
「出来上がりは明日の18時になります」

明日はカレーを作ろう

 私は泣きながら空になった紙袋をブラブラさせ、そのままスーパーの店内で時折洟を啜りつつ、カレーの材料を買い集めた。
 涙を流してカレーの材料を買い集める中年男性客を気味悪そうにあしらうレジ係に支払いを済ませた私は、嗚咽しながら帰路に就いた。
 総額3000円近く支払って、満足な結果が得られない可能性があるクリーニングの謎を抱えたまま、私は明日の朝からカレーを拵える。

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