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【コラム】コトバ#1「戦機を待つ」

隠れ積読

 以前積読の記事を投稿した。
 それがこれ。

 この中で「二十世紀電氣目録」「100万円で家を買い、週3日働く」「悪徳の栄え(電子書籍)」の3冊は無事読み終わったのだけれども、実はこれ以外にも上巻だけ読み終わって下巻に手をつけていない本があった。
 それが「春夏秋冬代行者 春の舞/暁佳奈」である。

ヴァイオレット・エヴァーガーデン

 暁佳奈といえば、何と言っても「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」だとは思う。
 実際、私も小説、TVアニメ、劇場版と、全部鑑賞しているのだが、今までの人生で経験してきた全エンターテインメント作品の中でダントツで最高峰、最も感動し、最も泣いた作品である。
 この作品のテーマはもう、気恥ずかしくなるくらいのどストレート加減で「愛」である。
 主人公は愛という言葉の意味を知るために生きている。この目的がなければおそらく生きていることが出来ない。
 そういう作品である。

春夏秋冬代行者 春の舞

 そしてあまりにも大きな名作「ヴァイオレットエヴァーガーデン」でデヴューした暁佳奈が次に書き始めたのがこの作品であるが、わりとこの2作、共通点も有る。
 まず、これは作者が意図してしていることだろうけれども、両作とも主要な登場人物の名前の殆どに花の名前が含まれていること。
 作者は花がスキなのだろうかという想像もできるし、実際そうなのかもしれないが、こういうふうに自作の中に一貫した部分を折り込むと、全く違うタイプの作品を書いても通底するものを感じて良いものだと感心する。
 感心ついでについでにもうひとつ。作者は文庫本のページを開いた左側のページの最終行でみごとに文章を区切っている。これは意図的な仕掛けだと作者も発言しているが、一文がページをめくる前に終わるので、たとえば短時間しか読書時間が取れない場合にも、栞を挟んでおけばパッと続きが読める仕掛けになっていて、とても読みやすいのだが、書く側とすると相当な技術や工夫が必要になると思う。短文ならまだしも、両作とも数冊に渡る大長編である。その作者の技量と根気には感服するしか無い。

戦機を待つ

 ここからがようやく本題だが、この作品には繰り返し「戦機を待つ」という言葉が使われる。
「生きるために逃げることは負けではない。とにかく生きて耐え忍び、戦機を待つ」
 ある意味では「逃げるは恥だが役に立つ」と似た意味になるのかもしれないが、それよりも更にポジティブな言葉であると思う。
 「生きるために逃げる」というのは、大袈裟なようで昨今の世情では大いにあり得ることなのではないかと思う。
 過剰なストレスを感じた時、大きな失敗をして周囲から冷徹な視線を浴びる時、学校を含む組織で理不尽な仕打ちを受けた時、それに立ち向かうことは立派なことであると思う。
 でも、自分にまだ立ち向かう力がない時や、状況が想定以上に悪い時、とりあえずその場から逃避するというのも有効な一手だと思う。
 劣勢のこの場から一時的に撤退し、体制を立て直し状況を冷静に把握してもう一度立ち向かえば、立ちはだかる障壁を崩せる可能性は誰にでも十分にあるのだ。
 そうして、準備を万端にして戦機を待つ。
 これは劣勢だった自分の戦いを有利に運ぶためのポジティヴな撤退になるわけだし、人が生きていく上で心を強く支えてくれる言葉だと感じた。

諦めるまで負けではない

 人は諦めた時に負けが確定するということはよく言われることだし、実際そうだと私も思う。
 中には環境や待遇が劣悪で、生まれついて自分は負けていると思い込み、何事にも怯んでしまうという人もいるだろうし、そういう気持ちも十分に理解できるのだが、そういう人ほど撤退や逃避を敗北とするのではなく、戦機を待つ戦略だと考えて頂きたいと思う。
 他人から笑われようが非難されようが罵倒されようが、それらは人が生き抜いていくことに対して何の影響も与えるわけではないのだ。そんな奴らの為に自分の人生の貴重な時間を捧げる必要はないのだ。
「耐え忍び、戦機を待つ」
 非常に強く美しくキャッチーで万人に力を与える名文であり、キャッチコピーとしても極めて秀逸な名文である。

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