【短文連載型短編小説】カメを戻す。#5
前回
紫煙
暗闇の中漆黒の中暗黒の中それでも、燻らせている紙巻きタバコの先端から立ち上る煙はやはり紫でいや、その紫は真っ昼間の燦々と照りつける日差しの中に揺蕩うより更に紫で、見方によってはエロチックですらある。
そのエロチックな紫煙が室内に充満してもはや目線を下げても床までの視界さえも無い。
眼が痛い眼が痛い口内が苦くて臭くて粘膜がヒリヒリする上に吐きそうだ。
それでも私は喫煙をやめない。
完全なるチェーンスモークである。
タバコが半分ほどになると次のタバコを取り出して口に咥え、それまで燻らせていたタバコから火を移して点火、一旦唇から離して指に挟み、先に吸っていたタバコを唇に戻してフィルター近くまで吸い切ったらまた戻す。このような作業をあの陽が暮れて暗黒の世界が拡がった時刻から、ずっと続けている。
ただただ。
続けている。
何でも良いのだ。
別にタバコじゃなくたって良かったのだ。
吸うのがマリファナでもコカインでも女の乳首でもクリトリスでも。
だが銭を忘れるための手段として集中して吸うものがその瞬間、その場に、タバコしかなかったというそれだけのことである。
しかし、如何に集中しても脳のど真ん中に銭が居てそれはタバコに火を点ける瞬間だけ消えるが、煙を吸ったり吐いたりスパスパと繰り返すたびに明滅するばかりで決して消滅はしない。
やがて明滅するイメージが銭からワカメに変化した。
干からびたワカメが汁の中でふわふわに戻るその姿が浮かんでは消えていた。
そして徐々に銭が居なくなり、生き生きとしたワカメが汁の中を泳ぐ。
そうだ。
汁の中で、戻るのだ。
(つづく)