【短編小説】幸福の勇気#8
前回
耄碌婆のウルトラC
事態は唐突に動いた。
白樺の幹に刺さるように佇んでいた二羽の細鴉がまるで北の某国が拵えたダサいミサイルの如くに飛翔した。
一羽は充血してパンパン、ドライアイでカラカラという満身創痍の眼球を咥えて、殉職した眼球を咥えていたもう一羽は手持無沙汰を誤魔化すために鎮魂の祈りを唱えながら、変化に乏しく死んでいるも同然と言える耄碌婆の顔面を狙い、そして正確無比に着弾した。
二羽の細鴉は見事、耄碌婆の眼窩に突き刺さった。突き刺さった拍子に残っていたパンパンカラカラの眼球も破裂し、中からゼラチン状の赤く臭い液体が流れ出た。片方の目に祈る細鴉を刺し、片目から臭い血の涙を流しているように見える耄碌婆はあまりの臭さに激しく嘔吐ながら仰向けにひっくり返った。吐瀉物は耄碌婆の転倒に連れて宙に踊り、その顔面に降り注いだ。
降り注ぎ、細鴉の全身を汚した。
細鴉は突き刺さったまま耄碌婆の脳に直接「てめぇ!」と一声吼えた。脳に直接スタンガンを当てられたような衝撃に耄碌婆は痙攣した。しかし細鴉は容赦なかった。今度は
「どぅん」
と呻き、耄碌婆の眼窩を発射台として尻から天空に向けて音速で飛翔して行った。
0.01秒ほど空が裂け、その裂け目から1個の大きな目玉がぎょろりと地上を睨んだが一般人の目では認識できない速度で修復し、空は何事もなかったかのように口笛を吹いた。
「睨んだね、空が」
眼球を奪われた勇気は空のぎょろりを脳で直接感じていた。
発射台、いや耄碌婆は相変わらず仰向けにひっくり返り、眼窩から血を吹き上げながら痙攣し大鼾をかいていた。
ピッキーンという鼓膜が突き破られそうな高周波の音が寒村の空気に伝播した。
降りつもる雪に半分埋まりながらも大鼾をかいていた耄碌婆の眼窩からは更に激しく血が吹き出し、婆は衝撃で吹き飛んで白樺の枝に引っかかった。
くの字に体を折り曲げた体勢でぶら下がっていた耄碌婆は意識を取り戻したようで白樺に引っかかったままで当たりをきょろきょろと見回している。
とはいえ、耄碌婆の目は元々見えていなかったし今となっては細鴉にぶち抜かれて眼球そのものが粉砕してしまったのでいかにきょろきょろしたってなにも見えはしないのだ。いわば耄碌婆はきょろきょろと見回すようなふりをしていただけだった。
いやしかし、耄碌婆の脳裏に星が瞬くように何かがちらっと光った。目ではない、脳に直接高輝度LEDライトを当てられたような衝撃が耄碌婆の全身を襲った。寒村の大地が縦横にぐらんぐらん揺れて、縦揺れの際、白樺にくの字でぶら下がっていた耄碌婆はその縦揺れと脳に直接喰らった光の衝撃によって体躯が真逆に折れた。
わかりにくいかもしれないので不要とは思いつつも親切に説明するとすれば腰のあたりを中心として背中側に折れ曲がった、相撲の技で言うところの鯖折、これを極端な形で体現したという事である。
この姿勢と言うのは通常の人間にとっては命取りになるわけだけれどもこの耄碌婆、若い頃に体操でもしていたかそれとも元々柔軟な肉体なのかあるいは骨粗鬆症ですでに骨が粉砕されてしまっているのか知らないが全く表情を変えず、死ぬ事もなかった。それどころか鯖折れたその態勢のままくるくると宙を舞い、空中で鯖折から背を戻して真っ直ぐに立ち直り二の腕を耳に付けてぐいと伸ばしながら更に一回転、そのまましっかりと雪を踏んでグラつくことも無く着地に成功した。
ウルトラCである。
耄碌婆の表情を伝えるとすれば「ドヤ顔」「満足気」と言ったところだろうか。
ただ、いかに超絶技巧を駆使できるとは言っても耄碌婆は耄碌婆で、着地の際に踵から伝播した衝撃がゆっくりと骨格に伝播し、着地から3分を経過した後にドヤ顔のまま倒れた。脳震盪である。
着地から失神までは3分を要したが失神からの回復は極めて速く、ほんの一瞬ですぐに身を起こした。
その瞬間である。
耄碌婆の全身が突如真っ黒な楕円の塊となった。
今まさに、なにやら正体不明の漆黒塊となった耄碌婆にズーム。
どこから飛んできたのか全く分からないが、漆黒に見えたのは嘴の先端を耄碌婆の肉体に突き刺した無数の細鴉であった。
(…to be continued)
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