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ホテル・エルナンデス

 見た目は普通のビジネスホテルだと思った。ロビーに入ると意外に広い空間。天井も高く、ラウンジのソファもふかふかでゆったりと身体を包み込むタイプ。これなら外国人にも窮屈な思いはさせないであろう。その向こう正面奥には中庭があり英国風の庭園が広々と広がっているのが見えた。私は思わず感嘆の声を挙げた、ここはまるで都会のオアシスのような場所だ。
 とりあえず、チェックインの手続きのためフロントに向かう。カウンターの高さはやや高めだったが、背伸びするほどではない。両肘が上手く乗せられてかえって良い按配だ。
「いらっしゃいませ、ご予約のお名前を頂戴致します」
 背の高いフロント係が慇懃な口調で出迎えた。柔らかな微笑みを浮かべ、立派な佇まい、堂々とした体格の女性だ。
 私が名前を告げると、係は横に置かれた旧型と思われるパソコンをカタカタと操作した。
「上野様でいらっしゃいますね。本日より御一泊の予定で御座いますね。それではこちらの用紙に必要事項を御記入下さい」
 そう言って差し出されたB4程もある用紙には老人でも老眼鏡をかけずとも読み取れるサイズの文字で住所氏名欄が広く取られていた。
 私はサラサラと住所と氏名を記入する。
 係はそれを確認するとパスポートほどのカードキーを差し出し「お部屋は11階の11号室をご用意させて頂きました。ごゆっくりとお寛ぎくださいませ」と恭しく頭を下げた。
「お荷物、お持ち致します」
 そう声を掛けられて振り向くと、いつの間にか、私の斜め後ろにホテルの制服を着用したボーイが控えていた。
 ボーイはまるでボディビルダーを思わせるような体格で私のボストンバッグとキャリーバッグを軽々と持ち上げ、「ご案内致します。どうぞこちらへ」と慎ましやかに促した。
 ロビーの奥まった場所にエレベーターがあり、ボーイがボタンを押すとゆっくりと扉が開いた。
 エレベーター内は例えばインド象が入り込んでも余裕が持てる程であり、何の振動も感じさせずパネル表示の数字が順次増えて行った。
 外観からは分からなかったが、結構高層階まで客室が有りそうだ。それに敷地もかなりのものだ。
 11階に到着すると扉が静かに開いた。ボーイは手でドアの部分を押さえ、私を廊下へと誘う。
 わぁすごい! ここでも私は声には出さないものの心の中でそう感嘆した。広い廊下、高い天井、左右に伸びる長い廊下。この空間、全く圧迫感のないエレベーターホール、バスケやバレーの試合ぐらいは出来そうである。
「こちらでございます」
 ボーイに従って廊下を歩く。床は足音を吸収するモスグリーンのカーペットが敷かれている。
 程なく11号室に到着する。ボーイの指示に従い、私はカードキーをドアノブの上にある挿入口に差し込む。横幅、高さもある鉄製と思われるドアが音も無く軽々と内側に開かれた。
 おお、まさに鳥が飛び交うような室内。高い天井にはシャンデリア、バルコニー付きのフランス窓、シングルで予約したはずなのにダブル……いや、それ以上の大きさのベッドが部屋の隅に横たわっている。バスルームやパウダールームも一人で使うには勿体ないほどのスペースであった。
「では、お荷物はこちらに」とボーイはウォークインクローゼットの前に私の荷物を置いた。
 私は感激のあまり、ボーイにチップをはずもうと札入れから数枚の紙幣を取り出し渡そうとしたが、ボーイは両方の手のひら(手形を押したら色紙からはみだしそうな程の大きさだ)を左右に振り、お気遣いありがとうございます。でもそういうのは受け取る訳には参りません。そういう決まりになっておりまして、と柔らかく受け取りを固辞した。
 そうか社員教育もよく出来ているなと、私は感心した。
 ボーイはその後、ホテル内の施設、サービス、非常階段等の説明を簡単に述べ、ではごゆっくりお寛ぎくださいませと恭しく直角になるほどのお辞儀をして部屋を去って行った。
 さてと私は、広過ぎるあまり若干落ち着かない気分でソファに身を沈ませ、およそ100インチはあるかと思われる8Kテレビをつけてみた。どこか別世界にでも来てしまったような感覚に包まれていた私の不安を払拭するように、番組はいつもと変わりのない日常のバラエティを映し出した。
 私は仕事上こういう出張は多く、その度に各地のビジネスホテルを予約して宿泊するのだが、このホテルはランクを間違えたかと思うほどに別格だった。
 すでにネットバンクを通じて宿泊費の支払いは済ませているので、問題ないはずだが、下手にいろんなサービスを利用したりするとチェックアウトの際に追加分として高額の請求を受ける可能性もあるかも知れず、私は室内に設置された大型冷蔵庫の中に置かれたドリンク類には手を出さずにいた。その隣にあるワインセラーや各種並んだウイスキー類もまた同じくである。第一ひとりで飲みきれる分量ではない。
 とりあえず少々疲れたので夕食に出掛ける前にひと休みしようと私は備え付けの部屋着に着替えることにした。
 しかし、その部屋着は私にはどうやら大き過ぎるようで、足元は床を引き摺り、胴回りは持て余すほど長く、腰巻きの紐をぐるぐると二重三重に巻かねばならなかった。
 私はフロントをコールし、部屋着のサイズ交換を願い出た。すると、意外にも「申し訳ございません。当ホテルにはそれ以外のサイズの部屋着の御用意はしておりません」との返事であった。
 仕方ない、大は小を兼ねるとも言うからと自分に言い聞かせ、私は両手で裾を持ち上げベッドに潜り込んだ。
 ふかふかのベッドはなんて気持ちのいいものだ。私は暫くそこで転げ回りプール遊びをする子どものようにそこら中を泳ぎ回った。
 さあ、そろそろ遊び疲れたのでひと眠りしようと枕の位置を探って匍匐前進するようにベッドの上を這い回ってみたのだが、なかなか枕の位置まで辿り着けない。
 おかしいな、と思いながら頭を上げて全体を眺めまわす。するとはるか前方に大きな枕がまるでエアーズロックのように横たわっているのが見えた。
 私はさらに匍匐前進し、エアーズロック(最近はウルルと言うらしいが)の麓までやって来た。
 さてそのウルルに頭を乗せようと思ったが、あまりにも巨大であり、上層部までは届かない。しかし構造としてはふわふわした物体であるので、麓の綿片を寄せ集め小高い丘を作り、そこに頭を沈めた。
 母親の体内で眠る胎児のような気分でどれくらいの時間眠っていたのか、気が付けばもう外は色の濃い夕暮れに染まっていた。
 さて、お腹も空いて来たようだ。街に繰り出し、どこかで食事をしよう、その前に私はシャワーを浴びることにした。
 広々とした浴槽、ゆうに二人から三人は入れる。洗い場もまたしかりである。シャワーのノズルはやや高い位置にあり、私は背伸びをしてそれを手に取った。
 胸元の辺りに水と湯を調節するつまみがあり適温設定した上で私はノズルを開いた。
 豪雨のようなシャワーに打たれて、私は些か驚いた。適温調節していたので、やや高めではあるが湯の温度は問題はない、だが水の出る勢いは凄まじかった。普段の感覚でいたら痛いくらいに噴出して吹き飛ばされるところだった。しかし、それもよく見るとノズルで調節出来るようだったので私は微量に調節し、ことなきを得た。
 シャワーを出ると身体全体を巻き込むバスタオルで身を包み、サッと髪の毛を乾かした。これもドライヤーの風量調節をしないと大変な目に遭うところだった。大き過ぎる鏡でメイクを整え、ヘアセットも終えた。メイクセットやヘアブラシなどはホテル備え付けのものは使わず、自分の持ち込みのものを使った。でないとあれでは……。
 外出用の服装に着替え、部屋を出る。廊下を来た時と逆に歩きエレベーターホールへ向かう。先程より長く感じてしまったが、ようやく辿り着く。ボタンを押してエレベーターの扉が開く。私と同じ宿泊客だろうか、30人くらいは乗っていた。けれどもスペースは充分に余裕があり、何なく乗り込んだ。
 ロビーには空港かと思わせるような団体が数名到着していて、賑わっていた。外国人が多く恰幅のいい人たちがあちらこちらで笑い合って談笑していた。国際的なホテルだったのかもしれない。入口横のウェルカム用のボードには、プロレス団体や大相撲部屋の力士様御一行などの名前も書かれていた。
 とにもかくにも立ちはだかる人の隙間を縫って外へ出た。
 あぁ、私は安堵の声を漏らした。外は普段と変わらぬ普通の世界だ。ありふれた街の通りが左右に広がっている。行き交う人々もどこにでもいる普通の背丈の人たちだ。子どももいれば老人もいる。
 私は妙に生き返った気分でウインドウショッピングしながら黄昏の街をそぞろ歩いた。
 オシャレなショップが立ち並ぶ一角に品の良い小さなレストランを見つけたので、そこで夕食を摂るべく立ち寄った。
 店内は清潔で店の人も感じが良かった。テーブルについてメニューを見て、私はオムライスと野菜サラダのセットを注文した。

 小さなレストランで食べたオムライスとサラダのセットはとても美味しかった。量も程良くお腹におさまった。その後、宵の口で賑わう駅前のショッピング通りを気分良く歩いていた私はこれまた小さなショットバーを見つけたので、そこで軽くカシスオレンジを口にした。そのスッキリとした甘みのあるリキュールに酔いしれながらそこで知り合った二、三人のサラリーマン達と会話して楽しんだ。私が仕事でこちらに来てホテルに泊まっていると言ったので、その中の一人がホテル名を聞きたがった。もしかして、気があるのかなとそわそわしてみたが、私がホテルの名前を告げると、「ああ……」と言ったきり、彼らは途端に口数が少なくなった。
 結局、そこで知り合った人達とはそこでお別れし、そろそろ明日の仕事の件もあるからと思い出し、ホテルに戻ることにしたのだ。
 さて、ホテルのロビーに戻ると、「お帰りなさいませ」とこれまた体格のいい女性スタッフがにこやかに微笑んで私にルームキーを手渡した。その肉厚の手のひら、福々しい笑顔、異様に育ち過ぎて見上げる高さの観葉植物。またもや私は別世界に飛び込んで来たのかと錯覚を覚えた。
 ともあれ部屋に戻る。来た時と同じ、広い空間。
チェックインした時は豪華で素晴らしいと思えたものが、今は何だか落ち着かない、孤独感さえ感じてしまう。寒くもないのに私は胸を抱き、小さく身震いした。
 そうだどこかのフロアに宿泊客なら誰でも無料で利用出来る外浴場があるとボーイが言っていたのを思い出した。部屋にもバスルームはあるが、ここはひとつ、そちらに出向いて身体を温めようと考えてみた。
 身軽なロングのTシャツ姿に着替えてタオルを手に持ち、案内に従い、モスグリーンのカーペットを進んで行く。突き当たりを右に曲がり階段を上がる。一段一段が高く、まるで神社の石段みたいに思えた。
 それを登り切ると浴場と書かれたボードが見えた。大浴場とは書いてないので、そこそこの広さだろうと思っていたのだが、そうではなかった。
 たくさん並んだロッカールームで脱衣してタオルで前を隠し、浴室の自動ドアが開いた瞬間、私は目眩がした。
 スーパー銭湯? いやいや、屋内プール? ジャングルじみた南洋植物に囲まれたその空間は延々と湯けむりに包まれ、前に広がる浴槽はちょっとした池ぐらいの大きさだ。そう言えばどこかにこんな規模の温泉スパリゾートがあるのを思い出した。それに匹敵しないほどの豪華な施設である。
 とりあえず右側に洗い場があったのでそこで掛け湯をする。ここもまたやはり勢いよく湯が迸り出て温度も高めだ。一升瓶ほどの大きさのボトルにシャンプー、コンディショナー、ボディソープの類が並ぶ、大型の鏡に裸の私の全体像が映し出されている。
 そこそこに人がいて、誰もが皆気持ち良さそうに入浴タイムを楽しんでいるようだ。笑顔笑顔のオンパレード。ボリュームのあるふくよかな人達ばかり。細身である私が申し訳ない気分になる。
 そそくさと身体を洗い流し、湯舟に向かう。
 湯の温度を確かめてみると少し高め(たぶん42℃くらい)だが、これなら大丈夫。
 私はそっと浴槽に脚を浸ける。
 あら? なんだろう? なかなか浴槽の底に足がつかない。と、脚を伸ばしているとバランスを崩してしまい、私は浴槽の中に身体ごと落ちてしまった。ゴボゴボと口から泡が出て耳の周りでお湯が流れる音がする。ぼんやりと遠くから人の話し声や笑い声が聞こえる。全身が熱い。特に顔面と首の周囲が熱に浮かされ、このままでは高温の湯の中で溺れ死んでしまいそうだ。私は闇雲に手足を動かして湯面を目指した。頭が一度湯上に出たが足がつかないので、また沈んでしまう。また手足をばたつかせる。すると突然誰かに腕を掴まれ、引っ張り上げられた。
 浴槽の淵に捕まり、私は大きく息を吸った。ゲホゲホと咽せて排水溝に飲み込んでしまいそうになった湯を吐いた。
 私を引っ張り上げた力感溢れる女性が「are you okey?」と尋ねた。
 私はsorry sorryと口早に応えて、湯舟から這い出した。
 逃げるように浴室を出てロッカールームでロングTを着る。髪の毛は濡れたままだ。
 情けない思いで浴場を後にして再びモスグリーンのカーペットの上を早足で歩き部屋へと戻る。
 迷い迷いし、ようやく部屋に辿り着いた私は、そのままドサっとベッドの上に倒れ込んだ。
 もうどこに枕があるとか、どちら向きであろうか、そんなことはどうでも良かった。ただ、ベッドから落ちてしまう危険性だけは無いように思われたのが唯一の救いである。
 着の身着のまま、湿った髪の毛が顔面に纏わりつくのを掻き上げ、うつ伏せた状態のまま、私はその夜を過ごした。

 ゴボゴボという湯の中を私は無重力で泳いでいた。どちらが上か下なのかも判らず、呼吸をしているのかさえ、定かではない。何か大きな球体に膨らんだ水槽がバルーンのようにふわふわと形を変え、右に左に揺れている。
 ふと仰ぎ見ると大勢の人たちがこちらを見ては笑っている。ふくよかな笑顔。大きな瞳、大きな鼻、大きく開いた口、白い歯、肉厚の舌が別の生き物のように蠢く。笑い声が響く、腹の底から響いて来る力強い笑い声、それらが重なり、渦を巻き、私を包む。笑顔、声、揺れる肉体、嬌声、開かれた瞳孔、唇、舌、そして笑顔、笑顔、ああ、あの大きな……、
突然クジラを思わせる何かが現れ、私を身体ごと飲み込もうとする。大きく開いた口の中へ、抵抗も虚しくそのまま、頭から深紅に彩られた体内に飲み込まれて行く。ああ、ああ、声が出ない、息も出来ない……。

 ふと目が覚めた。
 部屋の中に燦々と朝の光が射し込んでいた。
 朝だ……
 いつのまにか眠り込んでいたようだ。酷い悪夢にうなされていた気分。けれど、一夜明けて爽快さが込み上げて来る。
 私は簡単に身支度を整えた。仕事に出発するまでにはまだ充分時間がある。
 そう言えば若干の空腹感を覚える。
 そうだ、一泊朝食付きのプランで申し込んであったのだ。
 朝食は一階ロビー横のラウンジにてと書いてあったのを思い出す。
 私はロングのカーディガンを着て、エレベーターで一階に向かった。広々としたエレベーターには私の他に二、三の客が同乗していたが、割りと普通体型の人たちだったので、何も気にならなかった。
 ロビーを横目にラウンジに向かう。
 ラウンジ係であろう背の高い黒服のボーイが「おはようございます」と挨拶をした。朝食はビュッフェ形式になっております。お好きなテーブルをご利用下さい。ではごゆっくり、と丁寧な口調で案内した。
 静かなフルートの心地良いクラシック音楽が流れ、窓の外の英国風庭園が朝の光の中きらめいて美しく輝いて見えた。落ち着いた雰囲気に明け方に見た悪夢も忘れ、良い気分で窓際のテーブルに席を取った。
 トレイを手にして、料理が並んだテーブルに足を運ぶ。
 そこでまたまた目を見張った。
 肉厚のステーキが山盛りにドーン! 極太のウインナーが大皿にデーン! てんこ盛りのポテトサラダ、コックがよそう山盛りのライスが目の前に差し出される。
 とてもそのライスは無理だと感じ、パンを戴くことを告げる。すると顔よりも大きなフランスパンが二つトレイに乗せられた。そしてバケツのような容器にポタージュスープがなみなみと注ぎ込まれ手渡される。両手に持ちきれない程の朝食をトレイに乗せてヨロヨロと席に戻った。
 その量にあきれ果てたものの仕方なくフランスパンを少し千切って口に運ぶ。うん、味は良い。香りも素晴らしい。これだけならいくらでも食べてしまいそうだ。
 と、黒服のボーイがにこやかな笑顔でやって来てテーブルに取っ手のついたバケツを置いて黒い液体を注ぎ込む。
 いや、よく見るとコーヒーカップにコーヒーだ。
 オレンジジュースもお持ちしましょうか? 黒服は尋ねたが私は無言で首を左右に振った。

 朝食を終え部屋に戻った私はまたまたベッドに仰向けにひっくり返った。ゲップが出た。朝からこんなに食べたのは初めてだ。半分以上残してしまって、トレイを返した時、洗い場の太ったおばさんが冷ややかな目でこちらを見ていた。
 もう無理だ。とっととチェックアウトしなければ、とりあえずトイレを済まして、と思ったらこれまた尋常なサイズではない。運良く子供用の便座を見つけて事なきを得た。
 荷物をまとめ、キャリーバッグを転がし、ボストンバッグを右手にふうふうとグリーンカーペットを進む。
 ようやくロビーに到着し、フロント係と向き合いチェックアウトの手続きをする。
 オーケー、支払いはもう済んでおり、追加で請求されるものも無い。
 フロント係の大柄な女性はふくよかな笑顔で「当ホテルをご利用頂き、ありがとうございました。いかがでしたでしょうか?」と私に訊いた。
 話しやすそうな女性だったので、ついつい
「何もかもが大きくてびっくりしてしまいました」と本音を言ってしまった。
 それでもフロント係は、嬉しそうな顔をして、
「はい、全てがLサイズなんです」と応えた。
「はあ、やはり、そうでしたか……」
 何も知らずに予約してしまったのだ。
 それでもフロント係はにこやかに、
「当ホテルには他にも姉妹店がございますので、機会が有りましたらそちらも是非ご利用くださいませ」とパンフレットを二つ取り出した。
 私はそれを手に取り、書かれた文字を読んだ。
 ホテル・エムナンデス、もう一つが、ホテル・エスナンデス? そういうことか、「じゃ、次はエムナンデスにしておきます。エスではちょっと小さいかも知れませんので」
 私がそう言うと、フロント係の女性は微笑んで「ご安心ください。こちらのエムとエスはサイズを表したものではございません」と言う。
「ああ、そうなんですね」
 と、私は戸惑った。
 するとフロント係の女性はさらに説明を加えた。
「はい、ホテル・エムナンデスでは各部屋にメイドを麻縄で縛り付けてご用意させて頂いています。なんでもお好きにご利用ください。もちろん蝋燭や鞭も備え付けてございます。
 それからホテル・エスナンデスでは様々なタイプのお部屋をお客様のお好みに合わせて選んで頂けます。それがこちらです」
 フロント係の女性はさも楽しそうにパンフレットを指差して私に紹介した。
 そこには……




 最後に、
 あなたならどのホテルに宿泊されますか?
 ホテル・ドレナンデス?



  おわり

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