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ああ、南国バリの夜は更けて PART 3


夜、そろそろ寝ようかなと思っていたら、突然ヨースケから着信があった。



何だろ、こんな夜更けにと思いながら『応答』のマークをタッチした。


はい、どうしたの?


おう、チサトか? ごめんな夜遅うに、実はな、オレ、今また出張中やねん。



えっ? そうなの? 今度はどちら?



ああ、うん、今回はちょっと遠くて、初めて飛行機で海を渡ったわ。


え、海外出張? こないだ、そんな話、何もしてなかったじゃん。



突然言われたんや、こちらにな、取引先の支店があってな、まあ二、三日で帰るんやけど


こちらて、どこなのよ。 あ、まさか時差でもある国?


あ、そうかも知れへんな。もうこちらは真っ暗やし。


それはこっちも同じよ。アジア圏なの?


せやな、そうゆーこっちゃ


何よ、どこなの? 勿体ぶらないで、早く言いなさいよ。


ああ、ごめんごめん、そんなつもりはないんや、言う言う、バリなんや。


え、バリ? またそんなこと言って。今度は引っかからないわよ。


なんやねんそれ、オレはいつもホンマのことしか言わへんし。


じゃ、もう一度はっきり訊くけど、今どこにいるんですか?


え、今? え〜っと、あ、ああ、ここは、あのな、インドネシアや


チサトは一瞬、絶句した。


インドネシア? 
たしかに今、ヨースケはインドネシアと言った。 チサトは自分の耳を疑った。でも、
これまでの2回、国名までは聞かなかった。
だが、今度は確かに、インドネシアとヨースケは口にした。
それに確かにこれまで彼は一度も嘘などついてはいない。


ほ、ほんとなの?


ホンマやホンマ、ホンマにホンマ、ホンマでっかTVや。


なにそれ、ちょっと何言ってるか分からないわ。


せやろ、長距離やし、こっちは言葉もちゃうし、なんか時代も変わってしもたみたいや。


でも、本当に仕事なの?


当たり前や、遊んでるヒマなんかあるかい。


それはお気の毒、ゆっくりして来ればいいじゃない。



そんな訳にはいかへんよ。それにゆっくりったって、何も無いとこやよ。メロン熊にも会えへんしな。



何よメロン熊て? バリにそんな動物いた? でも景色の良いところでのんびりするのもいいじゃない。海でも見ながら、



海? 海なんてあらへんよ。山に囲まれた辺鄙な場所なんや。昔は炭鉱か何かで賑わってたらしいけどな、今は廃墟同然な町や。あ、これは言い過ぎやな、近所の人に聞かれたら怒られるわ。あはは


炭鉱? 知らなかった。バリにも昔はそんな所があったのね。


あと何があるの? そこら辺には?


さあねぇ、近年は映画祭とかも行われとったらしいんやけど、最近はどうなんやろ、ようわからんな。
でも、結構、外国人観光客は来てるみたいや。やっぱりフルーツがうまいからなぁ。


あ、そうよね、やっぱり南国はフルーツよ。ああ、いいわねぇ、サンセットの海を見ながらトロピカルフルーツなんて、リラクゼーション気分も満喫だわ。いつか二人で行けたらいいな。……バリ



ええっ? 他にもっとええとこ、ようけあるやろ? 
それに、ナンコツ? 三セット? トロカルビ? どういうこと? 韓国料理屋やないで。それと何?マンキツ? 漫画喫茶ともちゃうよ。まあどうでもええかそんなこと。ほやけどここもゆっくり探したら、どっかええとこあるんやろな、知らんけど。


知らんけどって、またそんなこと言う、バリって言ったら有名じゃない。
あ、それから季節的に生ものには気をつけてね。食中毒とかあるから、生は捨ててね。


え、生、捨て? あ、そうや、よう知っとるな。さすがチサトや!


何をそんな、当たり前じゃない。

うん、せやな、それからなんや聞いたら、幸福のイエローハンカチーフとか言う人気スポットみたいなんがあるらしいで、仕事が一段楽して、まとまった休みが取れたら、そん時でも一緒に行こか?



ええっ本当に! それはステキじゃない。嬉しい! 楽しみにしてるわ。
ところで、何か用? 珍しいじゃないわざわざ電話して来るなんて



いや、せっかくこちらに来たんで、チサトになんか土産な、買おかなと思たんやけど、なんがええのか、さっぱわからへんねん。なんか欲しいもんあるか?



あらぁ、ありがと。なんでもいいわよ。そちらの特産品とかで



う〜ん、特産品て何かな? フルーツと石炭くらいしか思いつかんわ



もうヨースケったら笑わせないでよ。お土産に石炭なんてやめてよね。もっとバリっぽいものとかあるでしょ、ま、お仕事で行ってるのだから土産なんか気にしなくていいわよ。



ほうか、それ聞いたら安心や。悪かったな、もう寝るとこやったんやろ?



いいのよ。そんなこと、電話してくれてありがと、気を付けて帰って来てね。帰りの飛行機とか。



そやねん、帰りも飛行機やから、気が重いわ。出来たら新幹線にしてくれへんかなて言うとるんや。



あはは、ヨースケ飛行機苦手だったもんね。そこから新幹線があればいいけど、ちょっと無理ね。今度ばかりは観念しなさい。じゃ、また戻ったら教えてね。



おう、そないするわ。



それじゃ、おやすみ



おやすみぃ、ゆっくり寝てや〜、ほなまた。




ヨースケはスマホを切ると、会計を済ませ、「ごちそうさん」と一声かけ、インド料理店『ナマステ』を後にした。
それにしても北海道まで来て、まさかインドめし屋に入るとは思わんかったなと思いながら、滞在先の夕張ステーションホテルへと向かった。

帰る途中の道沿いには夕張映画祭の盛り上げに使ったと思われる昭和の名画手書き看板などが有り、石原裕次郎や吉永小百合の顔が並んでいる。
ま、これも味わいがあるなとヨースケは昭和を感じさせるレトロな町並みに暫し酔いしれた。
そしてあちこちに見られる夕張メロンの店屋の幟や看板、あれは美味しかったな。ホテルの朝食バイキングでカットされた夕張メロンが山盛りで大皿に出されるのだ。ヨースケはそれが楽しみだった。

それと当時の夕張炭鉱の跡地に石炭博物館があるので時間があればそれも寄ってみたいなと思う。映画『幸福の黄色いハンカチ』のロケ地も良さそうだし。
しかし、メロン熊というゆるキャラはちょっと怖いな。とてもゆるキャラとは思えない、でもあのインパクトは実に興味深いと思う。
それがこの町の感想だった。




おわり

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