釣り合うとか釣り合わないとか
私の恋人はとにかく存在そのものが華やかな男だ。
外見的には平凡、と言える自分が彼の傍にいると、外からどう見られているのか少々気になる。たとえば。
久しぶりのデートの待ち合わせ。
壁にもたれて軽く腕組みをしてたたずむ彼は、絵になる。
仕立ての良いシャツにジャケット、パンツ。適度に引き締まった筋肉質でスタイルもいい。鬣のような長い髪を緩くまとめている。彫りの深いエキゾチックな顔、健康そうな褐色の肌。そして珍しい碧眼。遠目にはメンズファッション誌のモデルと言っていいほどだ。
そして。
「あの、ラパン・ベーカリーはどこでしょう」
腰の曲がった白髪のおばあさんがよろよろと歩いてきて、彼に道を尋ねた。
「それは、あの通りの向かいですよ。足元が危ないのでご案内しましょう、ご婦人」
そうなのだ。彼は実に「紳士」なのだ。おばあさんをベーカリーに送って戻ってくると、また壁にもたれて人待ちをしはじめた。
駅を降りて、息を切らせながら彼のもとへ向かおうとして、不意に声が聞こえた。私は、耳がいいのだ。
「ね、あそこの彼ちょっといいよね」
「ワイルドおらおら系?かっこいいじゃん」
「フリーなのかな」
「え~、あんなイケメンなら彼女くらいいるんじゃない?」
「きっと超絶美人だよね」
…ごめんなさいすみません、平凡な私で。と、心の中で呟いて、彼のもとへ向かう。
「ああ、こっちだ」
彼が手を挙げて私を呼ぶ。私が彼のもとへ向かうのを見て、噂をしていた女の子たちが明らかに落胆している様子を私は肌で感じ取った。
「ええ~、あの子が彼女?」
「なんか…芋臭いよね」
「ほんとに付き合ってんのかな。ちょっとショック」
「なんであんたがショックなのさ」
「あれくらいの子なら、私のほうが」
「いや、案外ああいうオラオラ系の男って、言うこと聞いてくれそうな都合のいい子と付きあっちゃったりすんじゃない?なんか大人しそうな子じゃん、あの子」
…あなたたち聞こえてますよ。だんだん私は気持ちが沈んできた。
だから、せっかく彼に会えたのに表情が暗いままなのに気づかなかったのだ。
「どうした。久しぶりに会えたってのに」
そう、社会に出たばかりの私と、多忙な彼とはそんなに頻繁に逢えないから貴重な時間のはず。でも今日は。
「別に…どうってことない」
私の様子に妙なものを感じ、彼は私をカフェに誘った。私が行きたいと言っていた、お花に囲まれたカフェに。
「カフェオレのホットをください」
「俺は紅茶、ダージリンで」
「紅茶にはマロングラッセかプチケーキが付きますが」
「では、マロングラッセを」
いつもの通りの彼。私は…
「何があった」
その言葉に、私の瞳から一筋の涙が零れた。どうして泣いているのか分からない。彼は深い溜息をつき、顔をしかめた。
「お前なア。…お前が元気がないと調子狂うんだよ。話せ」
「私…あなたと釣り合ってるのかな…」
その言葉を告げた途端、私は涙が止まらなくなった。
私は地味な顔なのに、いわゆる「巨乳系」で痴漢などによくあっていた。学生時代にセクハラを受けている話を彼も知っている。
それもあって、多分私は自己肯定感が低いのだ。彼とお付き合いして、彼に愛されてかなり前向きになったが、時々不意にこうやって、「ダメダメな私ちゃん」が顔を出す。
「なあ、顔を上げてくれ」
ふと気づくと、彼が正面から私を見ていた。
「う…」
涙が零れた。すると、目の前に真っ白なハンカチが差し出された。
「使え」
私は鼻をすすりながらハンカチを受け取り、涙を拭いた。ハンカチは彼の使っている香水と同じ香りが微かにした。息をふうっと吐くと、ゆっくりと気持ちが落ち着いていった。
「やっと泣き止んだか」
「ぐす…ご、ごめん…」
「お前にやる。マロングラッセ好きだったろ」
「うん…」
彼は私の前に、マロングラッセの皿を寄越してきた。
「なあ、どこで何を言われたか知らんが、釣り合うとか釣り合わないとかそんなことどうでもいいだろ」
「でも、あなたのような素敵な人に私みたいな地味な子は…」
彼は私の鼻をつまんで、言った。
「なんだ、そんなことまーだ気にしてたのか」
そんなこと、かもしれないが私には大きなことなのだ。彼は言った。
「どうせ、お前が可愛いから嫉妬されたんだろ」
ああ、これこそが彼だ。私のちっぽけな悩みなんてこんな風に吹き飛ばす。彼に言われてみたら、本当に私の「可愛らしさ」に嫉妬されたのかなと思ってしまう。
「お前の真面目なところは、俺にない好ましいところだと思うが、考えすぎだ。もっと大きく構えてろ」
そして、私の髪を撫でて耳元で囁いた。
「何たって俺が惚れた女なんだからな」
ああ、こういうところ狡い。私はたちまち、顔を火照らせた。
「マロングラッセ食って元気出せ。俺は、お前がニコニコ笑ってる顔を見るのが好きだ。仕事の疲れも吹き飛ぶ。だがな」
彼はもう一度私の髪を撫で、囁く。
「俺の腕の中で泣いて、甘えるお前も好きだ。可愛くてたまんねえんだ」
こんなことを言われてしまって、照れない女の子っているんだろうか。
「もう、そんなことばっかり・・・狡い」
「嬉しいだろ」
「う、うれ・・・しい」
「お前が喜ぶことなら、俺がたくさん言ってやる。ほかのやつのくだらねえ言葉なんて聞くな。俺だけ見てろ」
こうやって彼は私を甘やかす。
マロングラッセはとても美味しかった。
BGM:小曽根 真「ミラー・サークル」
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?