手話を学ぶきっかけ【エッセイ】
こんにちは、花巻です。
私は手話が少しだけできます。
どの程度かと言うと「全国手話検定3級」と「手話技能検定3級」を持っているレベルです。
さらに詳しく言うと、手話で日常的なコミュニケーションが取れるレベルです。
なぜ私が手話ができるかというと、高校の頃に勉強できる機会があったからです。部活動の一環で手話を覚えました。資格もそこで取りました。
きっかけは本当に些細なことで、特にやりたいことも無くなんとなく部活を探していたところ、資格が取れる部活というのを目にして、先輩たちが優しかったからたまたま入部しました。
最初は全然やる気もなかったし、特に何かに活かすことも考えていませんでした。
そんなある日、部活動の一環で「手話カフェ」というものに部員で出かけたのです。
そこでは耳の聞こえない店員さんが接客して下さって、
注文は全て手話でしなくてはいけない、会話も出来るだけ手話で話す、といったルールがありました。
私はそこで手話でのオーダーが全然出来ませんでした。
その時に私は「同じ日本人なのに、言葉が通じないのが悔しい」と思ったのです。
そこから手話の勉強を積極的にするようになりました。
その時の部活の顧問がかなり気にかけてくれたおかげで、耳の聞こえない方と交流する機会をたくさん設けてくださいました。
その方とお話して、読み取って貰えない時は素直に悔しいし、スムーズに会話ができた時は嬉しくなりました。
それは私だけではなく相手も同じだったようで、会話ができると喜んでくれました。
もちろん、当時は高校生でしたしそういった「一生懸命さ」が恥ずかしいという思春期特有の恥じらいもありました。
同級生達にバカにされることもありました。
それでも私は、自分の理解できることが増えていくことに快感を覚えていました。
私は「手話ができる」「ボランティアによく行っていた」という話をするとよく周りから
「すごいね!」だとか「ボランティアなんて偉いね!」と言われます。
でも、そんなんじゃないんです。
ただ私は自分がやってて楽しいからやっていました。
世のため人のため、なんて思ったことは1ミリもありません。
ボランティアに行って、耳の聞こえない方から
「手話下手くそ!」とか「健聴者は手話ができるつもりになって会話しようとするから嫌いだ!」
なんて言う風に手話で悪口を言われたこともありました。
その時は、普通にムカつくなって思いましたし、同時に彼らも同じ人間で、ハンデを背負って生きてきたからといって必ずしも立派な人間ではない、ということを学びました。
もちろん、嫌な方ばかりではありませんが。
でも、だからこそ、もっともっと「手話」というものをラフに捉えていいのだと思います。
中には「手話」を高貴なもののように捉える方がいらっしゃいます。
でもそれは全くの間違いです。
手話はただの「言語」です。皆さんが発する日本語と全く変わらないのです。
手話が完璧にできなくても、「ありがとう」という単語でお礼をするだけでもいいのです。
外国の人にカタコトで「アリガトウ」と言われたら少し嬉しくなるのと同じように、
自分たちの文化を共有してくれたことに喜びを感じるのです。
手話ができなくても筆談で会話するのも良いと思います。
大事なのは歩み寄ることなのです。
「私にはできないから」と言ってやらない人が多い世の中だから、みんなが少しずつ歩み寄っていけるようになったらいいなぁ、と思います。
例えば、極端な話「有名になりたいから手話を覚えてYouTubeをやる!」とか
「手話を覚えて手話のできる有名人と話して認知されたい!」とか、そんなことでも良いと思います。
きっかけなんてものはなんでもいいのです。
「やらぬ善よりやる偽善」という言葉があるように、何も動かないよりは不純な動機でもやることに価値があるものだと思います。
これを読んで少しでも手話を学ぶことに対してハードルが下がってくれたら嬉しく思います。
それでは今日はこのあたりで。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
またどこかでお会いしましょう。
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