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【絵本屋さん日記】 プレオープン初日のこと

2022年10月15日(土)

プレオープン初日の朝をよく覚えている。雲の切れ間から青空が覗き、秋らしい柔らかな日差しが嬉しかった。寝不足の身体はふらふらしていたけれど、頭も心もエネルギーに満ちていた。

シェアスペース Arbor Brownには開店の2時間前に着いて、オーナーさんから鍵を受け取り、パン屋さんから商品を受け取る。二人とも「楽しんでね」と言い残して次の仕事へ向かい、わたしはまだ空っぽの店内でひとりになった。

今日からしばらく、ここがわたしのお店だ。
はじめての、夢見ていた、わたしのお店……などと、
グッと込み上げるものがあると思っていたけれど、実際はそんな余裕なんてなく。開店時間に向けて、さっそく掃除に取りかかり、ソファやテーブルを動かし、持ってきた商品を夢中で陳列した。

店が本屋になっていく。


それから飲食の準備をして、音楽を掛けて、なにもかもを理想通りに整えた。

看板も、ショップカードも、お店のロゴすらも無いスタートだった。本のPOPもひとつもないし、凝ったドリンクメニューもない。ラッピングもできない。足りないものを数えたらキリがなくて、はたから見れば理想的とは遠いと思う。それでも大切にしたいものは提供できると思ったから、準備の完了を待たずにお店を開くことにした。それが今の自分にとっての最良で、理想的なスタートだと信じて。

ひとりは孤独で、わたしは寂しがりなことが難点だけれど、ひとりだからこそ自分の理想を自分次第で叶えられるというのは、きっとわたしに合っているのだと気づく。

開店前にまたひとつお祝いの花が遠方から届き、店先はさらに華やかに飾られた。プレオープンにもかかわらず、おめでとうと気持ちを贈ってくれる人がいることが嬉しくて心強くて。もし今日いちにち誰も来なかったとしても、いただいた気持ちが届いているのだから、もうそれで十分だ、十分すぎると思った。

11時ぴったりにお店のガラス戸を開けた。

無事、定刻に開店できたことにホッと一息ついていると、さっそく通りすがりの方が「なにが始まったの?」と来店してくれた。あぁ、これで0人じゃない、と安堵したのも束の間で、そこからは次から次へと、信じられないくらい沢山のお客さまが来てくれた。わたしは「こんにちは」「お久しぶりです」などと声をかけるたびに、大きな感動と嬉しさに心打たれながら、バタバタと目まぐるしく一日を過ごした。

広くない店内にもかかわらず、お客さまはそれぞれが好きなように、のんびりと過ごしてくださった。絵本を一冊ずつ手に取りじっくりと選ぶ女性。ソファでパンを食べながら談笑する学生さん。買ったばかりの絵本を一緒に読み始めるカップル。猫とじゃれあう小さな子たち。

その光景が忘れられない。わたしが思い描いていた以上の光景がカウンター越しに生まれていて、それに気づいたとき、思わず息を呑んでしまった。

✴︎

ふと我に返ると、あっという間に閉店時間が近づいていた。店内に差し込む夕日が、扉の前に寝そべる猫の毛並みを照らす。

誰かのお守りになりますようにと選んだ本は沢山の方にお迎えいただいて、心配だった軽食も無事に楽しんでいただけた。なにもかもが、なんとかなり、総じてとても良い一日だったと締め括ることができた。

今日が良い日になったことは、来店してくれたお客さま、日々支えてくれている方々、そしてこれまでの自分を支えてくれた過去の誰かがいてくれたお蔭だった。有難い。この有り難さを受けて、自分になにができるのかを問い続けていく日々が始まったのだと実感する。

今日、カウンター越しの光景を見て、この喜びを知ってしまった自分は、もう戻れないように思った。これが初日の話。



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