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ミートソーススパゲッティ

夕飯の献立に度々登場するものに、「スパゲッティ」があった。

スパゲッティとは、小麦粉でできた細長い麺を茹でた上に、ひき肉とケチャップで作ったソースをのっけたものだった。細長い麺は、シャープペンシルの芯よりは太く、HBの鉛筆よりは細い。給食で出てくるソフト麺よりずっと細い。

家でスパゲッティといえば、そのことを指していた。

茹で時間7分の麺を使い、茹でた後は油を絡める程度に軽く炒める。ソースは、みじん切りにした玉ねぎと冷凍コーンとひき肉とたっぷりのケチャップのみ。純喫茶に出てくるような素朴な味だったと思う。

「昨日はスパゲッティ食べたよ」と学校で友だちと話せば、「何の?」と聞かれる。

スパゲッティはスパゲッティだよ。「何の?」ってどういう意味だろう。スパゲッティというものは、私の中で一つしかなかったから。

ソースのことをミートソースということも知らなければ、パスタの中にスパゲッティという種類があるということも知らない。

私が食べていたものは、パスタであり、ミートソーススパゲッティではあったけれど、どこか釈然としなかった。だってスパゲッティを食べていたから。

少し経ってナポリタンを知った。でもナポリタンはナポリタンであり、パスタでもなければ、スパゲッティでもなかった。

カルボナーラとかペペロンチーノとか、そんなお洒落なものを知ったのはもっと大きくなってからだった。

「パスタがいいな」と、ランチするお店を決めるときに友だちが言った。辞書で調べたことがなくても、パスタがどんなものか何となくわかるようになっていた頃。パスタのお店に入ると、トマトソース系、ミートソース系、和風系、オリーブオイル系、クリーム系と種類が豊富だった。

そういうことか、とそっと深く頷いた。イタリア料理の小麦粉でできた細長い麺をパスタと言って、その上にいろんな種類のソースをのせる。ミートソースやトマトソースのような、赤っぽいソースをのせるのが普通だと思っていたけれど、そんなことはないみたい。

スパゲッティと言っていたものは、ミートソーススパゲッティだったんだと、そのとき腑に落ちた。「パスタ食べたよ、ミートソースの」と言えば、誰にでも伝わる言葉になるんだとわかった。

お店に入ると、ペンネとか、リングイネとか、フェットチーネとか、聞いたことがないものに出会うことが多かった。パスタともスパゲッティともメニューに書かれていない。

ペンネはスパゲッティと比べて長さがとても短くて、中が空洞でキュウリを斜め切りしたようなものだったから、違いがすぐわかった。これはペンネと言うらしい。つるんと頭の中に目の前の食べ物とペンネの3文字が吸い込まれる。

リングイネはスパゲッティに似ている。フェットチーネは平べったい。これは全部パスタという食べ物だ。

パスタは総称で、動物とか、乗り物とか、そのくらいざっくりしたものだと知った。

犬しか動物を知らなければ、犬は動物だし、動物は犬だ。「犬を飼ってる」と言っても「動物を飼ってる」と言っても全く同じ意味。「昨日はスパゲッティ食べたよ」というのは、それと同じだった。

それでもスパゲッティというと、たとえ麺がリングイネだったとしても、たとえソースの種類を言わなくても、スパゲッティはスパゲッティだよと言いたくなってしまう。

スパゲッティをもう長いこと食べていない。

好きな四字熟語は「自画自賛」です。