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かわいい作品を創る人との出逢い

これは年末のお話。

私は、時間をかけて髪を巻き、ヘアセットをしてから美容室へ向かっていた。
いちばん「かわいい」姿で。まるでこれから大好きな人とデートに行くかのように。
着いたらすぐにシャンプーしてセットは崩れるのに。カットとカラーをしてもらうだけなのに。

それでもかわいい自分で美容室の扉を叩きたいのにはワケがある。

そう思うようになったのは、今のスタイリストさん(男性)と出逢ったからだ。






なーんて、こんな文面で始めてしまったら、スタイリストさんに恋をしたからなんじゃないの?とか思うでしょ。え?思わない??
もしこんなオチを期待していた人がいたら、ごめん。
オチはこれではない。
匂わせ文面とはこのことをいう。



じゃあ、どうして美容室に行く「まえ」にかわいくするのか。本当のオチをこれからお話しするからね。







今から半年前までのわたしは、美容室はあまり好んで行く場所ではなかった。そこは必要に駆られて行く場所。
美容室ならぬ、「脱くせ毛室」。

もともと母譲りのくせ毛持ち。中学生のときはアイロンで必死に髪を伸ばしていた。しかし雨の日に、レインコートを着て自転車で30分かけて学校に着くと、髪の毛はもうクルクル、ベトベト。まるでしなびた河童のよう。朝の努力返せ、雨。

高校生のときは、縮毛矯正をかけていたけれど、少し伸びてくるとそれはもうきれいにまとまらない。ひょうたんみたいな頭になる。夏は水泳の授業が大敵だった。プールから出ると、ドライヤーなんてもちろんなくそのまま次の授業。濡れた髪を自然乾燥なんてするもんだから、そりゃうねる。そして塩素という素晴らしきトリートメントに浸されたおかげでパリッパリ。お次は干からびた河童の出来上がり。

当時は青春真っ只中。彼氏いるのに…。少しでも美髪に見せたいではないか。水泳の授業、嫌い。体調不良と生理という理由を5対3の割合で使い回し、いかに美髪を守るかしか考えていなかった、高校の夏。

直毛の人はパーマがかかりにくいという悩みもあると聞くけれど、わたしはストレートに憧れがある。地毛がまっすぐだったなら、こんな必死の朝のアイロンはなかった。こんな頻繁に生理が来なくてよかった。



だから、美容室への唯一の要望は「くせ毛を目立たないようにして!」ということ。
定期的に縮毛矯正をするくらいで、ヘアスタイルやカラーのことはあまりこだわりはなかった。
どのスタイリストさんが自分に合うとか、どこの美容室がいいかなんてわからないから効率重視で選んでいた。
美容室は、家から近いか、職場から近いかのどちらかで。

ガツガツ話しかけられるのも苦手だから、そういう人ではない感じのスタイリストさんを選んで、ここ1年半くらいは同じ人に切ってもらっていた。しかし、都合が合わなくなり、昨年の夏を最後にその方とは終わりに。
そして、昨年秋から担当してもらっているのが、今のスタイリストさんってわけだ。






昨年の10月、ホットペッパービューティーで新たな美容室を探していた。
仕事帰りに寄れる場所がいいので、職場の最寄駅で検索。安くて良い美容室が多いとされているエリアなので、大漁のようにうじゃうじゃと出てくるでてくる。
口コミが良さそうなところを選び予約。初めての美容室なのでスタイリストの指名はなし。合わなかったらまた別の美容室を探せばいいしね。

そして現れたのがスタイリストのMさんだった。
エレベーターのないビルの三階に、階段で上がっていったところに美容室はあり、扉を開けると「お待ちしておりました」と彼がいた。荷物をロッカーに入れ、すぐにカット台へ案内される。

「はじめまして、担当させていただくMです。よろしくお願いします。」

推定28歳175cm、白を基調としたシンプルな服、細身で物腰がやわらかい感じの男性だった。いきなりグイグイ来られてしまうと引いてしまいがちなので、これは好印象。
美容室は10面ほどの座席があり、明るく開放的な店内。シャンプー台は独立した別室になっており、リラックスできる癒し空間。まるでプラネタリウムのようだった。





「長さはあまり変えないで、毛先の傷んでるところのカットとトリートメントをお願いします」

初めて行く美容室で初めてするオーダー。そこに縮毛矯正は入れなかった。
スタイリストさんの雰囲気や相性を様子見していたからだ。

「あと、くせ毛なので出来るだけ目立たないようにお願いしたいです」

縮毛矯正を近々したいこともアピール。




髪の状態を見てカウンセリングが一通り続いたあと

「毛先そんなに傷んでないですよー!しっかりケアされてるんですね」と彼が言う。

「くせ毛ですか??全然そんな風に見えないけれど」

とかなんとか、よく褒められるので、

「いや、ほんとにくせ毛なんです!!今はアイロンしてるからわからないかもですけど、根元うねりまくってます!」とくせ毛アピールをすることに。

アイロンで隠されたくせの強さは、髪を濡らした後にわかるので、シャンプー台へ行き真実を暴く。

「あ…!確かにくせありますねー。大きくウェーブしてるくせ毛ですね」

(でしょ、、!!)

「じゃあ、アイロンがとてもお上手なんですね!!」

(おい、さっきから褒め上手だなぁ!!)

こんな感じで彼はよく褒める。紳士的な態度で丁寧さが滲み出ているのがわかった。この人いいかもしれない、、。美容室に入り20分でそう思った。褒め上手は正義を救う。ついでに髪も救う。





「当店のトリートメントはね、髪の外側だけでなく、内側の芯から強くしていくものなんですよ。髪の毛一本を"かっぱ巻き"に例えるとね…」

何も聞いていないけれど、向こうから話しかけてきた。


このあたりから、彼は"美容師"という仕事が好きで、誇りを持ってやっているんだなぁと伝わってきた。詳しくわかりやすく説明してくれるし、小さな仕草や会話のテンポがちょうどいいタイミングで出てくる。
髪のことになると、おもちゃを与えられた少年のようにめちゃくちゃ楽しそうに喋る。
「キューティクルってのは外側の海苔の部分でね…」心地いいお話は続く。
それにしてもかっぱ巻きって、、。よき例えだ。パクろう。




そう思っているうちに「カットはどんな感じにしましょうか?」と。
特に希望がないことを察してか、あくまで自然体にヘアスタイルを提案してくれる。

「こういう外ハネもかわいいと思いますよ!」

(そうかなぁ。かわいいかぁ!)

だんだんと調子に乗り始めたわたし。
何度も褒められているうちに、夢の国に入ったかのようにテンションが上がっていたのだ。



その後も
「このくらい明るい色もかわいいと思う」
「背が高いから思いっきりショートにするのも似合ってかわいいと思う」
「内巻きもきれいだけど、やっぱり外ハネかわいいですね」
マシンガンのように放出される「かわいい」のシャワーを浴びていた。


「かわいい」をよく言うなぁ。うまいなぁ、でも悪くはない。むしろいい!!
もう、夢の国でメリーゴーランドに乗っている気分!!





彼は絶妙なタイミングで「かわいい」と言う。
この世の女子、女性たるもの「かわいい」という鉄板フレーズに弱い。90歳になっても綺麗でかわいくいたい。

わんこそばのようにホイホイ出てくる「かわいい」は味気ない。けれど、技術あり察する力もあり、穏やかで細部まで丁寧な彼から出される「かわいい」は一級品だった。

勘違いでもいいじゃない、たくさんかわいいを言われるとほんとうにかわいくなるのは真実だ。




10月に、初めてカットしてもらったときの彼の接客や丁寧さが気に入り、
その後、毎月のように美容室に通っている。







彼に何度かカットしてもらって、わかったことがある。

なぜ、こんなにも「かわいい」を言うのか。



きっと彼は、かわいいを創っていく人だ。だから「かわいい」をたくさん言うし、もっとかわいくなる提案もしてくれる。
わたしは作品であり、まだまだ「わたし」は未完成。

スタイリストさんは、一緒にかわいいを創っていく伴走者なのだ。





いい人に出逢うと、これまでの考え方も変わる。

彼に出逢うまでは、美容室はくせ毛を治す場所。マイナスをゼロにする場所だった。髪がストレートになってそこに見出すのはかわいさではなく、安心感。

そうではなくて、美容室は、かわいい自分をよりかわいくする場所。プラスによりプラスを足すのだ。



年末に行った美容室は、3度目の訪問だった。
わたしは、初めてカットしてもらったときよりも、3倍かわいくなって美容室へ行く。

ヘアセットもしてかわいい姿で美容室に行きたい。だってわたしは「かわいい」作品だから。

美容室へ行くためだけに、休日に電車に乗って職場の最寄り駅で降りた。
今よりもっとかわいいを創ってくれる人がいるから。

おかげで、毎日わたしはかわいい。

好きな四字熟語は「自画自賛」です。