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泉鏡花と『天守物語』

日本には花の名所があるように、日本の文学にも情緒の名所がある。泉鏡花氏の芸術が即ちそれだ。と誰かが言って居たのを私は覚えている。併し、今時の女学生諸君の中に、鏡花の作品なぞを読んでいる人は殆んどないであろうと思われる。

『鏡花氏の文章』中島敦

先日、歌舞伎にお誘いを頂き玉三郎演出・出演の『天守物語』を観てまいりました。

『天守物語』は泉鏡花の戯曲で、「姫路城(白鷺城)の最上階には異形の者たちが住む」という伝説に、ほかの奇怪な話を織り交ぜ、魔界にいる者とこの世の人間との恋を描いた作品です。

泉鏡花の戯曲の中でも屈指の名作といわれますが、それは他でもない鏡花自身がもっとも愛した戯曲だったとか。鏡花といえば情緒的、空想的、ロマンティック、奇怪などと、その特徴はなかなか表現しがたいものがあります。しかしその奇矯な世界観は、いつどれに、どのように触れても無二の新感覚をおぼえるから不思議です。

また鏡花の人柄については、文字の書かれたものを大切にすることはなはだしかったとのこと。きっとそうした文字に対する潔癖さもまた、作品の表現に滲み出ているんでしょう。

と、あまり深くはまると戻ってこれない中毒性があるのもならでは。植物の名も多く登場するから尚惹かれるのですが、うっかりすると城の天守に連れていかれるかもしれず、注意をせねばなりません。今日もいちりんあなたにどうぞ。

キキョウ 花言葉「変わらぬ愛」

女童三人――合唱――
ここはどこの細道じゃ、細道じゃ、
天神様の細道じゃ、細道じゃ。

――うたいつつ幕開あく――
侍女五人。桔梗、女郎花、萩、葛、撫子。各名にそぐえる姿、鼓の緒の欄干に、あるいは立ち、あるいは坐いて、手に手に五色の絹糸を巻きたる糸枠に、金色銀色の細き棹を通し、糸を松杉の高き梢を潜して、釣つりの姿す。
女童三人は、緋のきつけ、唄いつづく。――冴えて且つ寂しき声。

少し通して下さんせ、下さんせ。
ごようのないもな通しません、通しません。
天神様へ願掛けに、願掛けに。
通らんせ、通らんせ。

『天守物語』泉鏡花


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