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癌末にリハビリは必要ない?

久しぶりの投稿になってしまいました。

今回は、在宅における癌末の患者さんへの関わり方について書きたいと思います。

癌末とは

癌末=癌の末期
ターミナル、終末期・・といった呼び方があるかなと思います。
この言葉からどういった人物像を思い浮かべるでしょうか?

ずっと寝たきりで、呼吸器つけていたり、意識もあるかないか分からない・・・
ずっと苦しそう・・・
もしかしたらそんなイメージがあるかもしれません。
それも間違いでないかなと思います。

しかし、これを見てもらうとちょっとイメージが変わるかもしれません

homedi 「かかりつけ医に必要な在宅医療の知識」より
https://homedi.eisai.jp/medical/knowledge/issue_07.html

がんの方は他の疾患と比べて亡くなる直前まで身体機能は保たれていることが多いのです。

がんの方へのリハビリ必要度は低い?

病院で治療(手術や化学療法など)の前から予防的にリハ介入のある方もいましたがそういった方は基本的に体力を落とさないための介入。
治療後に多少ADLが落ちていても廃用的な部分が大きいので改善することも多かったです。
脳梗塞や骨折後の人たちと比べるとリハビリの必要度は低いような印象もおありました。(もちろん必要なのですが)
それはやはり身体機能が維持されているから。

しかし、上記イラストのように、突然身体機能が落ちます。
昨日まで歩いてトイレ行ってた方が一人で起き上がれなくなります。
そして、そうなると亡くなるまでがとても早い印象があります。

病態的にも全身状態を見ても、ここからリハビリで改善するのは難しいだろうな・・・
やれても拘縮予防、維持的な関わりだよな・・・
リハビリの必要性ないのでは・・・?
という思考になりやすいんじゃないかなと感じます。
私も病院ではそのように感じた時期もありました。

しかし、在宅で働くようになってから、同僚に言われた一言
「癌末の方はリハビリでやれることないですよね、結局医療(診療・看護を指すと思われる)しか必要ないんですよね」

これを聞いてから、何だか自分の中でもやもやーっとした気持ちがむくむくとわいてくるのを感じました。
年下ながらも立場的には先輩の同僚に対して、反論するわけでもなく、でも同調するわけでもなく、という微妙な空気をお返ししましたが笑

そんな気持ちを持ちつつ、それでも目の前のことに必死で、深く考察せずに過ごしていました。
しかし、癌末の方の割合が多い現場で、日々過ごしていく中で、最近妙に思うのです。
いや、やはりリハビリは必要だ。
PTにしかできないことはある、と。

PTにしかできないこと

同僚の発言が出た背景も分かる部分があります。
やはり、癌末の方でADLががくっと下がり始めると、いわゆる運動という類のリハビリは向かなくなります。
それでもADLを維持すること、その人が最後まで自身の尊厳を保てるよう、歩いてトイレに行けなくてもポータブルトイレでできるように動作指導や環境調整を行うことはできます。
それは看護師さんでもできるかと思いますが、「いかに楽に」本人も介助者も動けるか、といった視点ではPTが専門性を発揮しやすい場面かと思います。

また、呼吸苦や疼痛が出てくるとそのコントロールが非常に重要になります。その場合、やはり第一にオピオイドの調整が考えられると思います。
しかし、やれることはそれだけでしょうか?
もし、浮腫に伴う苦しみならば浮腫が軽減できるようなマッサージや姿勢の探索、呼吸を楽にしてあげるようなコンディショニングなどの呼吸リハ、疼痛も骨転移によるものであれば動作指導で改善も図れるかもしれません。

緩和ケア

オピオイドにしかできないことは絶対あります。
しかし、癌末の方にPTは必要ないのかと言ったら違うと思います。
緩和ケアとは「その人らしさを大切にするためのケア」だと思います。
リハビリは元々、全人的復権をいう意味で、その人らしさを取り戻すプロだと言えます。
それであれば、身体機能は改善しなくても、予後が限られていても、その中でその人らしさを支えるお手伝いはできるんじゃないかと思うんです。

何となく思い続けていたモヤモヤをここぞとばかりに吐き出してしまいました笑
なにかご意見いただけると嬉しいです。
最後まで読んでいただきありがとうございました!

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