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「悪」のキャラクターから考察する芝居の勧善懲悪の在り方と、現実の善悪を思考する。

悪の権化というと、色々な顔が浮かぶかと思います。人形浄瑠璃文楽のお芝居にも「物語」である以上、悪は登場します。

さまざまな悪、DCやmarvelのようにいうところのヴィランですが、そのような役割を与えられるのは「時代物」に多いことが特徴的です。

かれら彼女らに共通することとして言えば、やはり権力に取り憑かれた者として描かれることが多く、江戸時代という封建社会においての町人からみた幕府に対する心情の根本的な部分がそこに表れているのではないかと感じられます。

楽に権力をその手にしたい。がゆえに、正しいことを声高に言う人間や、立場が低い人間をおとしめ、自身の周りから排除することにより求心力を高める。昔から変わらない、構図が見てとれます。


物語からみる善悪

菅原道真と藤原時平


晩年の菅原道真は太宰府へ左遷されていました。「菅原伝授手習鑑」では「藤原時平」が道真を左遷させるためにあの手この手を使います。

まっとうに国を統べたいわけではないのです。権力が欲しいのです。

ですが、菅原道真個人だけを左遷するだけでは足りません。

かれの子どもである菅秀才にまで追っ手を差し向けます。まだ幼い子どもである菅秀才に、です。

いくら何でも過剰な、と思われるかもしれませんが、同じようなことは源氏も平家に対して行います。


源平の合戦


後白河天皇の孫にあたる安徳天皇は、平清盛の娘の子でした。天皇とはいえ、子供のころに亡くなっています。ここから着想を得たのが「義経千本桜」の「碇知盛」とも言われる渡海屋から大物浦にかけての物語です。

弟の義経を追いつめることと同時に、頼朝の軍勢が平家を追いつめるさまが描かれるこの「義経千本桜」。

史実通り、智力をもって武力を率いた弟の義経を遠ざけ、平家の残党を残らず排除していくさまは、なかなか冷徹なものがあります。


蘇我入鹿

妹背山婦女庭訓では「蘇我入鹿」が巨悪として立ちはだかります。このお芝居はファンタジー要素も強く、物語中で蘇我入鹿には絶対悪として人間離れした力を与えられています。

らくをして権力を得る、この蘇我入鹿にもその模様があり、権力を得た父の蘇我蝦夷を殺して自分が権力の頂点に立ったのです。

冷徹非道として描かれるこの蘇我入鹿、数々の秘宝と秘術を用いずして彼を倒すことはできないという、指輪物語のような中世ファンタジーとして描かれています。


お家騒動

加賀見山旧錦絵は実際にあったといわれるお家騒動を題材にしていますが、その裏に「仮名手本忠臣蔵」をテーマとして潜ませ、大奥を想起させるような女性同士の争いが描かれます。女性版仮名手本忠臣蔵とは、昨今のジェンダーフリーの時代には即さない言い方ではありますが、逆の捉え方をしますと、やはり封建制度下、ならびに平成期まではジェンダー間の無意識の違いが芝居にも描かれていることになります。

属する派閥によって翻弄される運命であるとか、家柄の格差など、テーマはやはり現代にまで通じるものがあるのです。

苦労して町人の家柄から老中格にまでのぼりつめた尾上をうとましく思うのは、局の岩藤。わざと尾上を挑発しますが、聡明な尾上はその手には乗りません。

腹にすえかねた岩藤は自らの土草履を尾上に拭け、と他の女中たちが見ている前でけしかけ、辱めたのでした。

なにごともないことのように、むしろ母の教えのようだとすら口にして、尾上は岩藤の土草履の辱めを身に受けました。

にわかには信じがたい出来事に女中方の中では騒然となり、噂で持ちきりになります。

もはや尾上とてその辱めに自らの精神は張り裂けそうでした。そんな尾上の家来である初は、主人が思い詰めて自害などしてしまわないように、忠臣蔵に例えて尾上を説得しました。

世間からかけ離れたような武士の社会でも、このように町人が抱くような劣情や、衝突があるのだというところがまたお芝居にリアルさと共感を生み出していくのです。

頭が高い、と普段町人の上にいる武家社会の内情を覗き見ているような、そうして彼らも同じ人間であると思えることでそれらの芝居は町人に受け入れられていったのでしょう。

たとえ、封建社会で幕府批判は許されない日常でしたが、創作はフィクションです。この加賀見山や仮名手本忠臣蔵のように場所や時代設定などを変えることによって、遠回しにそのような風刺をも効かせたのです。

いたずらに命を落とすことはないだろうと、家来の初が思ったのも束の間、尾上は自害してしまいます。

彼女は岩藤のお家転覆を企む密書などの証拠まで突き止めていました。

初は、主人尾上の遺志を引き継ぎ、また、お家の仇として岩藤を討ちとったのでした。



現実と虚構の間にあるもの

人間は争う生き物

お国の為、と声高に叫ばれた第二次世界大戦中、敗戦直後、これらの下克上を想起させるような芝居や敗北を思いおこさせるような芝居は上演の差し止めを当局から命じられたといいます。

ろくに上演できる演目も限られる中、亡き師匠方の苦労は各々の芸談や書籍で生々しく描かれています。

かくも歴史に学ぶという言葉が、身に染みる出来事はないのではないかと考えています。

電気すらまだなかった時代から変わらない情というものの普遍さゆえに、幕府があった時代からあらゆる圧力を受けながらも、そのたびに芝居の中に虚と実を入り交ぜた悪を生み出して、普遍的なテーマを届け続けてきました。

しかしながら、現実という冷酷さも存在します。

山のようにそびえ立つのがいつの時代でも権力であることに変わりがないことを、芝居で認識できるのです。


格差と遊女

賃金と見合わないような贅沢を求めてしまう欲もまた、人間であるということを芝居で知ることができます。

もちろん、様々な欲がありますが、江戸時代に多く描かれる町人の物語には色恋から派生する欲が際立ちます。

色欲は基本的には種の存続としての根源的な欲です。

ただ、そこに嫉妬や執念がついてくると争いが起きるのも世の常。描かれるのは「遊女」との愛です。

騙し、騙され、そんな遊女の社会は遊郭という隔離された上に成り立っていました。

結局のところ身体のお仕事なんでしょ?という現代の端的な解釈は少しばかり齟齬があります。

まず、彼女たちが極める必要があったのは、三味線や琴などの芸事でした。

専門職ほどではないにしろ、食事をする客の前でそれらを優美に艶やかに披露することによって、自らの遊郭内での立ち位置を上げていきます。

芍薬、牡丹、と美しい女性を表現する言葉がありますが、そのような風合いを際立たせていきます。また客はお金を払えば遊女と「遊べる」というわけではなく、その遊郭にあしげく通って、双方信頼を得た間柄にならなければ夜を共にすることはできなかったのです。

夜を共にできた者は、つまりそれだけの財力があるということで、商人社会の中で社会的にも箔がついていきました。


曽根崎心中

九平次という男が曽根崎心中に出てきます。彼は主人公の徳兵衛と遊女のお初が純愛をしていることに嫉妬をしています。

じぶんは、お金を払わなければ、お初と逢瀬できないからです。

問題はそれだけでなく、徳兵衛は丁稚あがりの手代。本来なら、お初と会うことなどできないのです。そこで、九平次は徳兵衛を騙し、彼に金銭問題があるように世間に見せかけたのでした。

さらに商人社会というのは、よこの繋がりも強く、一度金銭問題を起こした商家の信頼は地に落ちます。もはやその街にいられなくなってしまうほどです。

選択肢は大坂からひとり出て行くか、死ぬか。

天満屋というお茶屋で働く初のもとへ、死ぬ決意をした徳兵衛はやってきたのでした。

意図を把握したお初。

たくみに徳兵衛を縁の下へ隠し、自分も共に死ぬ、そして来世でまた愛し合いたいと徳兵衛に伝えたのでした。


壇浦兜軍記

壇浦兜軍記という芝居があります。

傾城と呼ばれる最高格の遊女、阿古屋がヒロインの場が今でも人気を博していて、度々上演されます。

まさかの「お白洲もの」です。


詮議を受けるのが、このヒロインの阿古屋なのです。阿古屋は景清という、平家の武将の恋人であったとされ、姿を消した景清の行方を知っているのではないかと源氏から詮議を受けるのです。

まず、このお芝居の奇特なところがこの詮議自体にあります。

流浪の身となっているであろう景清の身を隠していると仮定し、それが嘘か誠か心の動きを読み取ろうということで、阿古屋に琴・胡弓・三味線を演奏させるのです。

出鱈目だ、と同席した他の詮議の役人は言いますが、これこそ阿古屋が遊女の最高格の傾城であることを逆手にとったこれまでにない拷問の仕方だったのです。

どういうことかというと、上記で触れたように、遊女は芸事を嗜みます。その上で芸事も極め、身のこなしや作法の美しさなども極めた遊女にのみ傾城(江戸方面における太夫)の呼び名を許されたことから、阿古屋は芸事がたくみであることは間違いないのです。

歴戦の猛者でも心の隙があれば敗北してしまうように、いくら傾城であろうと心に景清という隙が生まれれば、その演奏に不完全さが生じるだろうという詮議でした。

異様な強さを誇った武将、景清。そのことから彼は悪七兵衛景清と呼ばれています。ただ、この物語の中では阿古屋への気遣いがあったことをうかがわせ、反対に世間では善とされている源氏側の拷問を芝居にすることで、悪とは何かということさえ考えさせられます。

後の世では善とされるものは単なる結果の産物であるということを平家物語から派生して作られていった源平もので示唆されるのは、浄瑠璃の大元が仏教にあるからなのでしょう。


二分化と多様性

世の中、勧善懲悪のように真っ二つに割れることはあり得ないのです。

疑いをもって歴史をみると言うと少し大袈裟なものがありますが、しかし結果のみで物事を語ることは大いに偏ってしまうというのは確かに存在する歴史の重みです。

日常のふとした場面でも存在する善悪の概念。

悪はどうして悪たりえたのか、悪になってしまったのか、その骨組みから考えることこそ大事であると歴史は語りかけています。

つまるところ、後の世に判断が委ねられるわけですが、その場その場でわきおこる感情が後の世に教科書で伝わるかというと、なかなかそう上手くはいきません。

かわりゆく社会や常識というものは、当たり前で、その変化をどう受け止めるかは、過去から学べることです。

わたしたちが長い年月をかけて伝わってきたものをなぜ伝え続けるかというと、物語にはかならず事象だけではなく、感情があるからなのです。

連綿と受け継がれている物語の中で繰り広げられる人間模様の情のうつろいというものは、人間が人間という種である以上変わりようのない普遍的なうつろいを描いている実感があります。

テクノロジーがいかに進化しようと、過去と現在の社会情勢がいかに変わっていようと、人間には変わらない情というものがあります。

いくら時代を経ようと、変わらないのです。

また、人間は争う生き物であるということも変わらない事実です。

全ての人々が共に手を取り合って互いに共感しあい、平和に生きる未来がきたとしたらどうでしょう。

ただし、そこには「個」が無くなっている可能性があります。

全ての人々が共感しあうためには、極論として、全ての人類が同じ感情ならびに同じ質量の情を共有しなければならないからです。

決して何かをここで結論づけようというわけではありませんが、そうなる未来がくるとしたら、おそらくその時には少なくとも我々の芸能はそこに存在しないでしょう。

照らし合わせるべき別個の感情が存在しうるからこそ、そこに情の交流があり、または反発や対立もあるのです。

くしくも現在、パンデミックのさなかで「人類」という種のあり方が問われている時代。

だからこそ、悪というものは単純にはかれるものではなく、想定の悪を提示して人々を二分するのは簡単かつ単純な方法ではありますが、歴史から学べる私たちは考察するべきであると感じます。

さて、これは本当に1と0なのか。

いや、1と0だけで割り切れる人間など、いやしないのだ、と。




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