妊娠と共に変わっていく心、身体、生活
お腹に新しい命が宿って4ヶ月が経った。様々な予定や仕事が消え、つわりで食べては寝て食べては寝てという生活が2ヶ月ほど続いている。ここ数日はつわりが軽い日もあって、ようやくつわりのおわりが見えてきたか?という感じ。ただ波があり、良くなったら悪くなる繰り返しにぐったりもする。今日は胃腸をやられてダウン中。
妊娠を通しての喜びと、妊娠を通しての辛さは別々のベクトルでそこにある。“辛くても幸せ”ではなくて“幸せ”と“辛い”が別々に存在している。どちらかというと肉体的にも精神的にも辛い時間のほうが多い気もする。辛さが和らぐ度に幸せを感じられる状態になって、あたたかな幸せに何度も気付く。
妊娠を望んでいたのに辛いと言ってしまう自分が嫌になる時もあったけれど、望んでいたって辛いもんは辛い。心折れることも知った。幸せだと言い聞かせて辛さをカバーすることはとても難しい。
新たに文章を書こうと思ったけれど、毎日つけていた日記にすべてがつまっているのでこれまでの日記の一部をここに残します。(まあまあ長いのでだいぶ削ったよ!)妊娠に関わる内容を読むのが辛い人はここで読むのをやめても大丈夫。自分が辛くない選択をしてください。
コーチたちのAdvent Calendar夏_2024
コーチング仲間のコーチたちでつなぐ夏のアドベントカレンダーに参加し、このnoteを書いています。企画してくれたみどりん、まほさん、これまで繋いでくれたコーチの皆さん、ありがとうございます。
6月19日(水)
早く妊娠しないかな〜早く妊娠しないかな〜と思う。けど、こういうのあんまり思いすぎない方がいいんだよなと「何にも思ってませんよ〜」と自分に言い聞かせる。いざ妊活をはじめると色んな怖さが目の前に現れてくる。久しぶりに満員電車で潰され妊娠中の満員電車なんて絶対無理だと思い「妊娠中 満員電車」とXで検索する。妊婦さんの満員電車の辛いしんどい経験をたくさん読む。
6月20日(木)
お腹の中に自分とは別の人生が宿るかもしれないんだよね。私も母さんのお腹の中で私の人生をスタートさせたんだよな。へその緒を切ったらしっかり自分の人生と切り分けなきゃだよな。切り離さなきゃだよな。
7月1日(月)
お腹がチクチク痛い、胸もパンパンで痛い。ホルモン剤の服薬をやめて久しぶりに生理前の感覚になる。妊娠を望む女性は生理前の症状と妊娠超初期の症状が似すぎているあまり毎月毎月心をかき乱されるのかもしれない。これからの日記の中で私がここに「妊娠した」と書く日がいつか訪れるのだろうか。この日記に書くとしたら、それは他者に行う妊娠報告とはまた違う感覚。半クローズドの場で書いているこの日記を読んだ人は「妊娠した人の姿」を目撃しているだけだ。やっぱりここは日記なのだ。中々「妊娠した」に辿りつけずに落ち込んでいく姿を目撃していくのかもしれないし、授かる命がお腹の中で健やかに育つかどうかも分からない。かなりリアルな心身の変化を日記を通して目撃していくのかもしれない。日記は刺激的だ。そして、日記は他者を踏み込ませない守られた聖域みたいな場所かもしれない。
7月3日(水)
吐き気を紛らわすために冷やし中華を食べながら妊娠中の高校の友達から来たLINEに返信をする。
“私も妊活をはじめたんだ。今日検査しようかな。”
もし陰性だったら一緒に「なんなんだよおおお」って言ってくれるらしい。まくんは23時くらいに帰るからそれまで言わないでと言われたので一緒に「なんなんだよおおお」と言ってくれる人がいるのは心強い。陽性だった時のために産婦人科の予約を来週の月曜日から今週の金曜日に変更しておいた。陰性ならキャンセルしよう。
冷やし中華と餃子を食べたら気持ち悪いの治った。
帰宅後一息ついて検査をすると、陽性反応がでた。ほんとに?嘘でしょ?こんなすぐ?見間違い?私、妊娠してるの?母になるの?だからこんなに毎日お腹が痛くて気持ち悪いの?私のお腹の中に命があるの?泣けてきた。驚いた。友達に報告したら一緒に喜んでくれた。明後日病院で診てもらう。まだ本当に命が育ってるか分からない。だけど、嬉しい。ああ嬉しいよ。
一緒に喜んでくれた友達が言ってくれた「いい母になれるよ」と。
“いい母になれるよ”その言葉が頭の中を駆け巡ってお風呂に入りながらワンワン声を出して泣いた。いい母になれるかな、いい母かは分からないけど母になりたいな、ありがとうってワンワン泣いた。そしたら母さんから久しぶりにLINEが来た。「夏バテはしていませんか?」夏バテどころじゃないのよ、吐き気に腹痛におまけに陽性反応。とりあえず「夏バテは今のところ大丈夫〜母さんたちはどう?」と返信する。
「結婚なんて地獄のはじまりだからな」「こどもなんて産むもんじゃないぞ」学生だった私にそうやって言い続けた母さんも今となっては早く孫の顔を見たがっている。もう少し色々はっきりしたら報告しよう。泣くかな。こども(私)に人生をめちゃくちゃにされたと思いながら過ごしていた母さんも孫ができたら泣くのかな。
まくんには嘘をついた。まくんが帰ってきてから検査すると。嘘をつかないと多分まくんはずっとどきどきしているだろうから。泣くかな。まくんは泣かないだろうな。私はワンワン泣いた「泣きすぎちゃったーーー」と一人で叫んでお腹をさすった。
7月4日(木)
昨夜、まくんはいつも通り「ただいまあ〜」と帰ってきた。ベッドでゴロゴロしていた私は身体を起こしてまくんがリビングに入ってくるのを待った。「ふぁあああ〜〜〜」と疲れをみせながらまくんが歩いてきたので検査薬を置いたテーブルを指差すと「え?もう検査したの?」「見てみて」「………」10秒程無言になり検査薬の箱に書かれている内容と検査薬を見比べた後ニヤニヤし始めた。
「うける〜〜〜」が第一声だった。いや、ほんと、笑うよね、驚きのあまり笑うよね。そこからニッコニコの笑みを浮かべ、手をパチパチ叩きながら喜んでいた。「想像してたよりもうれしい」と言いハグをしてきた。薄暗いリビングで2人で向き合ってこれからのことを少し話した。
うれしいね、おめでとう、うれしいね、おめでとう、何度も言い合って私は寝てまくんはお風呂に入った。
夜中2時過ぎに吐き気で目が覚める。吐き気と共に気づけば辺りは明るくなり、朝の5時が近づいている。吐き気も愛しいと思っていたけど眠すぎる。眠たいのに寝れない。もしかして夜中の吐き気、これからも続く感じ?クラクラしちゃうなあ。
出勤時間を遅らせてもらう。体調のこと色々聞かれるので早すぎるけどオーナーにも報告する。「おめでとうって言っていいのかな?とにかくおめでとう!」「ありがとうございます」それからいつまで働けるのか聞かれたり、満員電車を避けるために出勤時間を遅らせてもらう話をした。今日は穏便に話が進んだ。
それにしても眠くてクラクラする。グルーガンで手のひらを火傷した。帰りの電車でヨダレが垂れそうなくらいガクンと寝た。保育士の仕事を辞めておいてよかった。きっと今よりもきつかっただろうな。
満員電車で隣に立った女性がサッとマタニティマークを隠していた。体調が悪くないから周りに気を遣わせない配慮なのかな。普段は気づかない周りの動きに気づいている気がする。
明日の病院、どきどきする。
7月5日(金)
今日はぐっすり眠れた。お昼前に病院に行く。どきどきするなあ。待合室、想像してたよりどきどきして心臓が飛び出そう。
妊娠は陽性だったけど子宮内では妊娠を確認できなかった。エコー写真でこれがそうかな?というような粒はあったけど、その粒がなんなのかは分からなかった。まだ病院に行くのが早すぎる可能性と、子宮外妊娠の可能性を伝えられ2週間後また受診することになった。
うはああああ。何もいないかもしれない子宮のエコー写真を眺める。
子宮外妊娠のことを検索すると結構ヒヤヒヤする内容で溢れている。卵管破裂して子宮内が血でいっぱいとか。少し遅ければ死んでたとか。怖すぎるだろ。妊娠が命がけなことを改めて再認識した。とりあえず早すぎるだけだと信じたい。
この2週間の過ごし方を考えながら、何もいないかもしれないエコー写真を眺める。私は母になるのだろうか。一気にお腹の中が軽くなったような感覚だ。
今日は不安で泣く日にしよう。不安だから夕食前だけどクレープを食べて気持ちを落ち着かせよう。まくんにクレープ食べたいと言ってしばらくソファーでぎゅっとしてもらいながら泣いた。
家を出る前にまくんの本棚で『絶対悲観主義』というタイトルの本を見つけたのでこの2週間はこれを読むことにする。友達は妊娠確定したことを喜んでくれている、前向きに励ましてくれている。だけど私はこの2週間は絶対悲観主義でいることに決めた。その方がストレスが軽減されるような気がした。本をカバンに入れて家を出る。
夜は哲学カフェに参加しようと思ったけど気分が悪いのでやめた。3月2日生まれの交換日記も世に出せない日記しか書けないという理由で一時休止とさせてもらった。
いちごとカスタードと生クリームとバニラアイスのクレープを食べニコニコになる。カフェで『絶対悲観主義』を読みながら向かいで仕事をしているまくんに「人生うまくいくわけないじゃん」「トントン拍子にうまく進むことなんてね、あるわけないのよ」などと悲観的な言葉をブツクサ言いながら二人で笑った。
「どーーーせ、いいことなんてないんだからさ、焼き肉食べに行こうよ」タン塩、ロース、ハラミを食べながらニコニコになった。まくんは「根拠はないけど俺はなんとかなるんじゃないかなと思ってるよ」と言うので「根拠もなく“なんとかなる”なんて言わないでください。どうせよくない結果になるんだよ!」と返してまた二人で笑った。
これからの2週間、まくんは絶対楽観主義を貫き、私は絶対悲観主義を貫こうと話した。「この2週間は情緒不安定になるかもしれないから毎日焼き肉だな!」と言うとまくんは「毎日焼き肉で落ち着くなら安いもんだよ」と言ってくれた。優しいな。毎日焼き肉じゃなくてもいい。その言葉に救われた。
焼き肉を食べ終わり珍しくゲーセンに寄った。何をするわけでもなくUFOキャッチャーゾーンを練り歩いているとアクション仮面のフィギュアが欲しくなり、2人で交互に挑戦した。玉を横に動かし重みで落とすタイプのやつ難しすぎて取れなかった。だけどなんだか心がホクホクして満足した。
マリカーを発見し、2人で対戦した。まくんはキノピオで私はドンキーコング。こども時代、妹と弟と友達とゲーム三昧の日々を過ごしていたので腕の見せどころ。出だしアクセル踏みそこねて最下位スタートだけど追い上げのさき。アイテムを駆使したり、体当たりしたりで1位をキープ。追い抜かれてもすぐにアイテムでアタックをする。ゴール手前まで1位をキープ!いけるぞ、みたか、ふはははははバコーンキノピオが投げたキノコで吹き飛ぶドンキーコング。2位。
ジュラシックパークのゲームで恐竜を撃ちまくりすぐに飽きて、エアホッケーで大量に円盤が出てきてひゃーひゃーパニックになりながらも勝った。
まくんが「今度は家族3人で来ようね」と言うので「家族3人で来る未来なんてあるわけないだろ〜〜〜!」と笑いながら叫んだ。
マリカーが楽しすぎたのでこの2週間は毎日マリカー対決をする約束をした。いつか家族3人でマリカーしたいな。
7月6日(土)
泣いたり、落ち込んだり、不安になったり、子宮のモノマネしたり、卵管を通る受精卵のモノマネをしたり、卵管から顔を覗かせる受精卵のモノマネをしたり、受精卵が卵管を通り抜けられるように腰を振ってみたり、「私がいま喋ってること(絶対悲観主義に伴う言葉)は全部うそですよ〜母の情緒安定のためのうそですよ〜」と腹に向かって喋ってみたり、カネコアヤノのライブに言ってる時はこんな日が来るなんて想像もしてなかったな〜と思いながら『光の方へ』を歌ったり。
そんな私と一緒にいるまくんは「さきちゃんが妻でよかったなあ」と言った。どんな結果になってもできるだけ笑えるように落ち込みながら泣きながら絶対悲観主義と共にふざけている。私にはとりあえずまくんがいるから大丈夫だ。まくんが夫でよかった。カネコアヤノの『やさしい生活』を聴く深夜。
「情緒不安定でごめんね」と伝えると「大丈夫だよ、それば情緒不安定じゃなくて普通の不安だよ」と返してくれた。好きだ。結果はどうであれ妊娠してよかった。
下腹部の痛みと共に目が覚める。唸り、痛みが落ち着く体勢を探しながら動きまくる。もうやめてくれよな。出勤時間を遅らせてもらう。
2時間ちょっとだけ働いて上がらせてもらう。下腹部チクチク痛む。
ずっと行きたかったキッチンパンチでオムライスにハンバーグとポテサラ乗せて食べた。
昔ながらの味でとっても美味しかったのに食べながらムカムカと吐き気がしてきた。頑張って全部食べたら吐きそうになりかなりよくない状態になってしまった。お店のご夫婦かな?愛想がとてもよくてニコニコし合った。日傘を忘れていることにもすぐに気づいてくれて助かった。
それにしても気持ち悪い。昨日まではさほど気にならなかった電車内の匂いや香水や柔軟剤のような匂いが漂うと吐き気が増して何度もウップウップとなる。出かける予定だった夫は家にいてくれるとのこと。やさしい。昨日のうちに焼き肉を食べておいてよかった。
16時頃から19時半頃まで寝ていた。ふあふあする。夜ふと絶対悲観主義は辞めようと思った。昨日の夜に絶対悲観主義を貫いたことでまあまあ満足した。これからは赤ちゃんが元気で育ってますように〜と願う気持ち主義でいきたい。もし、そうならなかったらその時ちゃんと落ち込もう。まくんに絶対悲観主義卒業を伝えた。
7月10日(水)
バイト終了。調子さえ悪くならなければまだまだ余裕で働けるので今のうちに稼いでおかねばと思う。オーナーに「旦那さん働いてるんでしょ?稼いでるんでしょ?調子悪いのに働きたいんだ」と言われた。
調子が悪くなって迷惑をかけることがあるのは申し訳ない。だけど調子が悪い時とそうじゃない時がある。そして、いくら夫が稼いでいようと私は私のお金を稼ぎたいんだ。そこに対して口出しされる筋合いはない。妊娠の辛さってこういうところにもあるのか。社会の歯車から外されていく感覚……きっついなあ。
7月15日(月)
何にもしていないのに疲れる。ごはんを食べたら疲れる。カフェで読書をしたら疲れる。アイスを半分食べて疲れる。ずーっと寝ていたい。
7月16日(火)
気持ち悪い。お昼はやさしいスープストックに行ってカボチャのスープと参鶏湯と小ライスを頼んだ。半分しか食べられなかった。小ライスなんて3口くらいでギブアップ。おいおい。やさしさしかないスープストックなのに。
7月17日(水)
今日も吐き気と共にいる。下着の締付けに敏感になる。苦しい。バイトは吐き気がひどくて4時間ちょっと働いて帰宅。教材の材料によっては匂いがキツいものもいくつかあってもう色々限界なのでは?できないこと、避けたいこと、どんどん増えてきている。身体が変わっていく。内臓や目で見えないところが変わっていく。働きたいのに。
7月19日(金)
なんだかんだで心を強く持っている気がする。待合室では(なるようになるか〜)という気持ちでいたら、あっという間に私の受付番号が呼ばれた。
体調を聞かれ「気持ち悪いです、便秘と下痢を繰り返しています。下腹部がチクチク痛みますが悶えるほどの痛みはなくなりました」と答える。「とりあえず診てみましょうか」ということで子宮の中を診てもらう。
カーテンを挟んで私の方からもエコーの画面は見えるけど、怖くてそちらを向かないようにしていた。
「大きくなってますね」(ほんとに?)サッとエコーの画面に視線を向けると、以前はいるのかいないのかも分からなかった子宮の中にアイスの恐竜の卵みたいな袋が見えた。そしてそら豆みたいなちっこいのも見えた。胎児は7.7ミリ。
「元気ですね。心臓の音も聞いてみましょう」ドッドッドッドッ一定のリズムで心臓が動いていた。7.7ミリの身体で生きている。本当に私は妊娠したんだ。一人の命を育てているんだ。自然と涙が出てきた。ああ生きてた。生きてたんだ。よかった。「おめでとうございます」泣いていてうまく答えられなかったけど「ありがとうございます」と言えた。
「……よかったあ」「予定日は3月7日ですね」「お……!夫の誕生日なんです」「それはそれは、旦那さんも喜ばれますね!」「私も3月2日なのでみんな3月生まれです」「なんと〜!みんな3月生まれなんですね!わはははは」「おもしろいですねあははは」
それから母子手帳をもらう手続きや産院をどこにするかなどの話を聞いた。やることがたくさんあるなあ。だけど、とりあえず今日は全てを後回しにして感動し続けたい。
まくんにはLINEで「出産予定日は3月7日です」と伝えていた。本当に誕生日だったねと笑って泣いた。まくんは泣いてなかった。だけど、一緒に病院行こうか?と言うくらい今日ばかりはドキドキしていたみたいだ。ひとまず安心した。
これまで自分がこどもを育てる想像が全くできなくて妊活も怖かったり、別居生活をしていたりとかで2年程見送っていた。妊活するなら計画的にとも思っていたし、仕事もどうするかあれこれ考えまくっていた。考えすぎてどんどん動けなくなって、どんどん怖くなっていた。だけど、ある時まだ起きてないことを考えても仕方がないかとあれこれ手放してゆるゆる過ごしてまあいっか、もういっか、と妊活を無計画にはじめた結果がいまになる。
私がお腹の中でこどもを育てることが現実になった。市役所に母子手帳をもらいにいった。用紙にはメンタル面の記入欄もあり、素直にしっかり記入しておいたので色々聞かれたけれども保健師さんが優しいおばちゃんで色々話してしまった。こうやって妊娠中からケアが必要な人を見つけているんだろうな。一人で頑張りすぎないで色んな人に頼りすぎるくらい頼りながら子育てをしたいなと思った。これまで保育士として支える側にいたけども支えられる側になったのだ。一人で抱え込む危うさは親や保護者を見てよく分かっているので引き続き無理をしない生活を意識していこうと思う。
7月21日(日)
昨日もそうだったけど、今日も横になって過ごす時間の方が多い。気持ち悪くて外に出られないので、まくんにお昼ごはんの買い出しをお願いする。昨日に引き続きモスバーガー。ミートソースが美味しくてこれならいける!となる。トマトときゅうりとオクラのマヨサラダを作ってみたけれど数口でもういらないとなり、ゆで卵は気持ち悪くなりそうだと思いながら食べてみたらまあまあいけた。
「ハンバーガーもりもり食べるさきちゃん見れてよかった」とまくんが言った。トツキトオカというアプリをまくんと共有しているのでさりげなく感謝のメッセージを記入しておくと嬉しそうに読んでいた。
たまひよアプリも入れた。3月生まれのルームという出産予定日が3月のママ達が集まったルームがある。ほぼ同じ周期を過ごしているので「吐き気で何も食べられない、何を食べたいのか分からない」「歯磨きでオエッとなる」「仕事休んでしまった、復帰できるかな…」と皆同じような不安を呟いている。時々愚痴も。こんな世界があったなんて……このルームはママを救う。たまひよに感謝の日々。
「私はゴミです。食べては寝るだけのゴミカスです」と言うと「ゴミじゃないよ、よしはる(胎児ネーム)を育ててるんだよ。まあ、でも人生の中でゴミみたいに過ごす時間があってもいいんじゃない?」「ありがとう。腹の中で工事をしているので私はゴミじゃないです」
まくんの作った麻婆豆腐を満腹にならない程度に食べ横になる。
7月23日(火)
いまの生活と保育士を続けている生活、果たしてどちらが良かったのだろうか。
何が正解だったのかなあ。この先、こうやって分からないな分からない、正解が分からないと言いながら自分で何かを決断しながら生きていくんだろうな。その決断の中でまた色々考えながら生きていくしかないんだよな。
連日食べていたモスバーガーとポテトを食べると物凄い吐き気に襲われたんだ。一昨日まで大丈夫だった食べ物が急に駄目になる。今日も何が食べられるのか、食べたいのか考えながら寝ている。ずっと気持ち悪い。梅チュッチュを食べ、にんじんジュースを飲む。納豆を食べてみようか、豆腐にするか、冷凍ごはんにするか、ケチャップ味ならいけるのか、もう分からない。匂いを嗅いでみないと分からない。
7月27日(土)
昨日の夜中からナポリタンが食べたくて仕方がなかった。最近一度に量が食べられなくなったので、すぐにお腹が空いてしまう。夜ごはんを早めに食べたら寝る頃にはお腹がグーグー鳴っているのだ。エネルギーが足りない。かと言って一度に食べすぎると気持ち悪くなる。加減が難しいのだ。
今日も睡眠時間が足りず、朝日の眩しさから逃げながら再眠しようと頑張ったが3時間もかかってしまった。結局昼過ぎまでグダグダ寝てしまった。
母さんからLINEがきて私の出産予定日は3月8日だったけど3月2日に産まれたと教えてもらった。私が母さんの腹の中に宿った時期とよしはるが私の腹の中に宿った時期がほぼ同じだった。偶然にしてもおかしな繋がり。
7月29日(月)
ずっと気持ち悪いのでまくんを見送って横になる。オーナーからは在宅の仕事考えますと言われたきり連絡が来ないのでもう諦めた。他のスタッフへの心無い対応を見ていたのでいつか私もその対象になると思っていた。しばらくバイトのシフトには入らないと割り切りいまは休む、安静、ストレスを減らすことを心がける。
その結果4.5時間の昼寝をしてしまった。こんな生活でいいのか不安になる。仕事だとか、お金を稼ぐだとか、自分のやりたいことが全く分からなくなってきている。生活がすっかり変わってしまった。数日前はあんなに食べたかったたこ焼きやビビンバは今じゃ全く食べたくない。だけど、仕方なく冷凍たこ焼きを温めてキムチと一緒に食べる。あんまり美味しいと感じないし気持ち悪さが増してしまった。
しばらくしてレンチンしたピーマンとツナ缶を酢や醤油やレモン汁や海苔で適当に和えたものと納豆を食べる。これは美味しかった。それにしても便秘が辛い。妊娠中は下痢と便秘を繰り返すんだろうな。キツいなあ。
あとがき
これは6.7月の日記の一部。毎日日記をつけていてよかった。ついこの前の出来事なのに既に忘れていることもたくさんあって、今このタイミングで読み返せてよかった。この期間の嘘偽りのない日記は(今のところ)他のどんな期間よりも大事な一生の宝になるような気がする。
流れるように変化する身体を受け入れていく。時々憤りを抱えながらもどうしたって抗えないものには抵抗せずただただ流されていく。できないことを認めていく。考えても分からないことはぽいっと手放し向き合うべきときに向き合っていく。素直に泣いて笑っておく。眠たいときはひたすら寝てもいい。妊娠して「いまは仕方ないか」と諦めることに慣れてきた。
変わっていく生活の波にもまれる石ころになったみたい。ぶつかり、削られ、引っ掛かり、止まり、撫でられ、投げられ、また流れていく。どこに連れていかれるのかも分からない。この先のことはまだまだ分からない。
いまを生きるだけだなあ。
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