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「数字の向こう側を見る」──日本産酒類輸出促進コンソーシアムに登壇しました

noteではご無沙汰しております(Twitterでは元気にやっております)。
お知らせの記事を書こうとして頓挫してしまったのですが、昨秋に一時帰国し、結局そのまましばらく日本に滞在することになりました。
とはいえ、やっていることはサンフランシスコにいたときと変わりありません。アメリカから帰ったことで自分の発信する情報のオーセンティシティが失われてしまわないか、と危惧していたのですが、幸いにしていろいろな方にお声がけいただき、楽しく忙しく日々を送らせていただいております。

その中のひとつとして、先日、国税庁の主催する「日本産酒類輸出促進コンソーシアム」に登壇し、アメリカへの輸出プロモーションについてお話させていただきました。

わたしのプレゼンテーションが制限時間より早く終わってしまったこともあり、質疑応答の時間にたくさんのリアクションやご質問をいただけたのですが、国税庁のご担当者から「この質問の数は過去最多では」とのコメントをいただけて、「いつもとは違う層の人々に声を届けることができたのかな」とうれしく思っています。

コンソーシアムに登録している会員の方は専用サイトで当日の映像を見ることもできるようなのですが、一般には公開されないとのこと。問い合わせたところ「ブログにまとめてもいいよ」という許可をいただきましたので、当日お話したことをまとめたいと思います。

(当日の台本をもとに、ところどころカットしていますが、それでも長いです)

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はじめに

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タイトルは「数字の向こう側を見る〜アメリカ輸出プロモーション戦略〜」。以前「誰か、早くここへ来てくれないか━━日本酒づくり新規参入への提言」という記事でも書かせていただきましたが、輸出額が伸びてるっていうけどその数百億円分の日本酒がどこに行ったか知ってる? というお話をさせていただきました。

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アジェンダはこちら。
当記事では自己紹介は割愛させていただきますが、ご存知ない方はぜひプロフィール記事「なぜ、SAKE Journalistなのか」をご覧いただければうれしいです。

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アメリカの輸出に関する3つの基礎知識

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①アメリカは50の異なる国の集まり!?
アメリカといえば、かねてから日本酒の最大輸出国と言われていますが、「アメリカ」というひとつの国としてひとくくりにしてしまうことはやや危険です。アメリカは「アメリカ合衆国」という名のとおり、50の州から成り立っていますが、これは日本の47都道府県とは性質も規模もまったく異なります。
たとえば、わたしのいたカリフォルニア州だけで日本列島がすっぽり入る大きさ(面積1.1倍)だと説明すれば、なんとなくその規模感が理解できるかもしれません。

アルコールについても、州によって法律、免許制度、文化がまったく異なります。流通ひとつを取っても、いくつかの州では一般家庭へのアルコールの配達が禁じられているし、カリフォルニア州やニューヨーク州のような沿岸部ではSAKEの認知度が高い一方で、内陸部は現地メーカーの月桂冠さんの商品しか販売されていないようなところもあり、SAKEという言葉さえ知らない、なんてことも。

つまり、「アメリカに輸出をする」とひと口に言っても、どの州、どのエリアを中心に売るのかを戦略的に考えることが重要になってきます。

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②3 Tier System
アメリカでの輸出に際して避けて通れないのが、独自の流通構造「3ティアシステム」。要は輸入、卸売、小売の3業態が基本的に別法人でなければならないというものなのですが、アメリカの流通ではこの卸売業者である「ディストリビューター」というものの存在が超重要になってきます。

輸入業者は州ごとにディストリビューターとの契約が必要になります。すると、たとえばカリフォルニア州で売っているお酒を、テキサス州でも売りたいというとき、カリフォルニア州のディストリビューターはテキサス州に売ることができないので、テキサス州のディストリビューターと契約しなければいけない。これが各地の値付けやセレクションに影響し、カリフォルニア州で手に入るお酒がテキサス州では手に入らなかったり、カリフォルニア州では安く手に入るのにテキサス州では高額、なんてことも起こります。

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③清酒輸出ビジネスの実態
アメリカは最大の日本酒輸出国と言われており、輸出量、輸出額ともに世界でトップだったのですが、2020年に関しては輸出量は依然としてトップとはいえ、金額は香港がトップ、中国にも抜かれる結果となりました。
また、アメリカ国内での販売量は未だ約8割がアメリカ産の清酒(現地に製造所のあるタカラ、月桂冠、大関、八重垣、白鶴グループのSakeOneなど)が主で、輸出が占める割合は残り2割と言われています。

要するに、「日本酒を輸出するならアメリカでしょ」と言っても、その内実はそこまで単純ではない、ということです。

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アメリカへの輸出で成功するための5つのポイント

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①実際に現場に卸すのはディストリビューター
輸出に際して、酒蔵のみなさんはインポーターや商社などの窓口の方とやりとりすることになりますが、その方がどれだけ日本酒に対して理解があったとしても、実際に小売店やレストランに卸すディストリビューターがそうではない、というケースや、反対に、窓口の人がちょっと頼りなく見えても、現場で動くディストリビューターの人がめちゃくちゃ情熱的、みたいなこともあります。
ベストはインポーターとディストリビューター両方が優れていることなのですが、まだこの分野のプレイヤーは充実しているとはいえず、必ずしもそうではないのが現実です。

なので、特に力を入れたいエリアに関しては、ディストリビューターがどのようなひとか事前にわかるとベターですし、ディストリビューターと密に連携しているインポーターと契約できるとベストです。

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②「お米の味」を知らない人への想像力
これはSAKE Streetの連載により詳しく書いていることなのですが、アメリカの人々に「炊き立てのごはんのようなふっくらとした味わい」と言っても、伝わらない可能性が高いです。なぜなら、「お米を炊く」ということが習慣化されていない彼らにとっての「お米の味」とは、スシで魚の下に敷かれている冷たい酢飯だったり、パラパラに炒められたピラフだったりするから。
とはいえ、ありがちな「スッキリした味わい」「飲みやすい」「フルーティ」みたいな表現だけだと、隣で並んでいるお酒との差別化は難しい

また、飛躍して聞こえるかもしれませんが、「私たちは室町時代から続く蔵で」とか「○○の○○という町に蔵があって」という話をされても、よほどの日本のファンはさておき、アメリカではピンとこない人がほとんど。同じことを説明するにしても「500年前から続く」とか「漁業で有名な町」とか言ってあげる方が伝わりやすく、そもそも、限られた時間や枠の中でアピールするときに優先順位として高いのか、といった問題になってきます。

海外の人にお酒を売るときにいちばん大切なのは、「おいしそう」「飲んでみたい」と思ってもらうことです。そのためには、自分と異なる文化に住む人の感じ方への「想像力」が重要になります。

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③日本人とは異なる金銭感覚
アメリカへ輸出する際、インポーター、ディストリビューター、小売業者と、間に挟まるプレイヤーの数が多いので、消費者に届く価格はかなり高くなります。日本では2000円つかんで酒屋さんに行けば、かなり多くの選択肢がありますが、True Sakeで20ドルを払ってお釣りが来るのは白鶴の純米吟醸と上善如水の純米くらい。最も多い価格帯は30-40ドル台で、いちばん高級なのは1600ドルでした。

日本での価格設定に慣れている方は、輸出に際しての金額設定をする際、「そんなに高くて売れるのか?」と不安になるかもしれません。しかし、彼らにとっての比較対象は日本で売られている日本酒ではなく、現地で売られている同価格帯のワインや他のお酒なので、「それらと比べて、これだけの金額を払う価値があるか」というところだけが重要になります。

また、私が暮らしていたカリフォルニア州サンフランシスコはアメリカの中でも物価がかなり高く、年収1000万円でも低所得者層に区分されるようなエリアでしたが(涙)、富裕層には「きちんとお金を払って良質なものを手に入れたい」という人はもちろん、「値段が高ければ高いほどよい」という考え方の人も少なくありません(それがよいことであるかどうかはさておき)。

金額については一概についてはいえませんが、現地での売価について、この考え方を持っておくと一歩前に踏み出せることもあるのではないかと思います。

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④飲み手をみくびらない
これは個人的にいちばんお伝えしたいことといってよいですが、海外輸出に伴い「飲み手をみくびらない」ということは、これから市場を育てていくにあたって本当に大切です。

食文化の有名なヨーロッパなどに比べて、アメリカといえばジャンクフードのようなイメージも強く、非常に残念なのですが、酒蔵さんから「アメリカ人は味がわからない」というようなことを聞くことは少なくありません。この態度が現地の買い手に透けて見えると、ブランドとしての信頼性に影響します。

たとえば、現地のプロフェッショナルおよび飲み手に極めて評判が悪いのが、輸出用ラベルに製造年月が明記されていない銘柄です。アメリカは製造年月の表記が必須ではないため、記載せずに売ってしまう酒蔵さんも結構あるのですが、「ほかのところは書いているのに、なんでここは書いてないの?」と思われてしまう。レストランでグラスで売る場合はバレないかもしれませんが、心象を悪くしている現地スタッフは見かけましたし、小売店では当然お客さんにバレます。
実際、日本国内でも製造年月の定義は曖昧な部分がありますし、蔵によって事情はさまざまだとわたしは理解はしているのですが、現地のファンから「日本で売れない古い商品をアメリカに輸出しているのでは?」という疑いを持たれるのは事実です。

そもそも、アメリカは多民族国家であり、ひと口にアメリカ人といっても、ヨーロッパ系やアジア系などさまざまな人種の方が暮らしています。都会の食事はクオリティが高く、産業の盛んさからワイン通もたくさんいます。

味覚は「違う」だけで、日本の方が優れていて海外の方が劣っているということはありません。また、飲み手は育ちます。これからアメリカで市場を拡大していくために、「市場を、飲み手を育てる」という意識を強く持たなければなりません。

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⑤「出したら終わり」の姿勢は厳禁
アメリカの流通にはまだ課題が多く、酒販店やレストランといった取扱業者への教育が行き届かず、味が劣化してしまう、というケースはまだまだあります。しかし、これはワイン業界でも起こっていることです。

とあるサンフランシスコのレストランのワインディレクターが「輸出されたワインの品質に問題がある場合、造り手が現地へ行って自分のお酒を飲み、原因がどこにあるか分析すべきだ」といっていました。これはなにも造り方に問題があるというわけではなく、流通なら流通でどこに原因があるのかを、当事者意識を持って追う覚悟が必要だ、という意味です。実際に、現地の酒販店で働いていて、原因を「インポーターのせいだ」「ディストリビューターのせいだ」と押し付け合うシーンはよく見ました。これは、誰かが当事者意識を持たなければ解決しない問題です。

また、世界の日本酒輸出を牽引している「獺祭」の旭酒造社長、桜井一宏さんは、SAKETIMESの対談の中で「(成功の秘訣は)『本気でやったかどうか』じゃないでしょうか。会長も私もトップセールスで海外へ足を運んで、市場の開拓に力を入れてきました」とおっしゃっていました。
同社は、品質管理についても現地でレクチャーなどを行っていますが、獺祭が現在群を抜いて海外で成功しているのは、この当事者意識こそが勝因だと感じます。

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コロナ禍における アメリカの今

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①レストランの営業制限により酒類のテイクアウトが解禁
アメリカでは依然としてレストランの営業制限が続いており、とあるディストリビューターに聞いた話によると、対レストランの日本酒の売上は前年の6割程度に落ち込んでいるという現状もあります。

そんな中、アメリカは酒類業者を救済するために、30州以上でレストランでの酒類のテイクアウトを解禁しました。逆にいえば、これまではお酒を持ち帰っちゃいけなかったということでもあるのですが……。
(アメリカは禁酒法の関係でアルコールのルールが本当に厳しく、たとえば屋外でお酒を飲んではいけないし、レストランの中で蓋を開けたお酒を外に持ち出すことさえ禁じられています)

スライドにはサンディエゴのレストランBESHOCKの共同経営者である伊藤彩夏さんのコメントを抜粋していますが、現場のプレイヤーはテイクアウトで日本酒を持ち帰ってもらうためにさまざまな努力をしています。

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②酒類ECサービスが急成長/家飲み需要の拡大
アメリカの酒販店は日本の酒販店のようにレストランに卸すということをしないため、レストランの営業制限の影響を受けません。むしろ、外出禁止令で家飲みをする人が増えた関係で、酒類のECサイトは爆発的に成長しています。

「お酒のアマゾン」と呼ばれる北米最大の酒類ECサイトDrizlyが昨対比350%を記録したほか、こちらのSakeTips!の記事でも取り上げたように、日本酒/SAKE専門のECサービスにも堅調な動きが見られています。

こうした流れを受け、これまで消費者の家にアルコールの配達を禁じていたジョージア州やオクラホマ州で、アルコールのデリバリーが合法化されるなどといった大きな変化が訪れました。

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さいごに

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2020年、日本酒の輸出はコロナ禍にもかかわらず過去最高である241億円を記録しました。しかし、そうした数字を見たときに、その向こう側について思いを馳せてほしい、というお話をさせていただきました。

わたしはお酒が大好きなので、毎年日本酒の輸出量や輸出額が伸びていることをうれしく思っています。日本酒の海外市場にはチャンスがある。しかし、いけいけどんどんで手を抜いたことをやってしまうと、本当に大きくなるときにボロが出てしまう。それは食い止めなければならない、と思っています。

日本酒の海外市場はワインの1%だと言われています。それを2%、10%、50%と成長させ、確実なものにしていくために必要なことは、現地で何が起こっているのかを知ること、「数字の向こう側」を見つめることです。

私もジャーナリストとして、日本と世界の情報のギャップを少しでも少なくできるよう、これからも努力して参ります!

お酒を愛する素敵な人々の支援に使えればと思います。もしよろしければ少しでもサポートいただけるとうれしいです。 ※お礼コメントとしてお酒豆知識が表示されます