HATSUKOI 1981 第33話
第33話 癒されるとき
毎日ではないが、学校帰りの整骨院通いが生活の一部になった。もうあの拷問器具にも恐れはないし、むち打ちで首のばされてるおじさんとも親しくなった。下半身のしびれも多少和らいできた。それでも松葉杖ついて、あの何か独特の、『苦しみに絡みつかれた魂のるつぼ』みたいな場所へ通うのは気が重かった。自分もその『苦しみに絡みつかれた魂』の一つなのだが… 唯一うれしいことは、由美との公園デートが復活したことだ。治療が終わる時間と、由美が部活を終えて帰宅する時間が同じくらいになる。整骨院は由美のうちからバス停一つ。あまり時間は取れないが、お互いその日の出来事を報告し合い、他愛のない会話をするだけで、絡みついた苦しみから解放される。
いつものようにブランコに腰かけ由美が帰ってくるのを待つ。本当はこんな不安定な場所じゃなくて、ちゃんとベンチに座ったほうが腰にいいことはわかっている。でも、バス停から由美が来るのがすぐ見えるこの場所じゃなきゃいけない。もうすぐ11月。日が落ちるとぐんと冷え込む。ブランコの鎖が冷たいので握らずに腕を回し、手は学生服のポケットに突っこむ。表通りにバスの停まる音が聞こえた。少しして街灯の下に由美の姿が見えた。洋平は立ち上がらず、松葉杖を一本掴んで振り上げ、合図した。由美が走りだす。息を切らして洋平のもとへ着くと、手を上げてハイタッチした。
「走んなくたっていいのに。」
「だって、早く来た方がいいでしょ?」
「そりゃそうだけど… 足もう大丈夫なの?」
「全然平気!ねえ、寒いから、うちに行かない?」
「でも、二人っきりでいたらお母さんに…」
「大丈夫よ。前のお見舞いの時だって何も言われなかったし。 私も風邪ひいちゃまずいから。」
「そ、そっか… じゃ、ちょっとだけ。」
洋平は由美に手を引かれて立ち上がると、一緒に由美の家に向かった。家に入ると由美は居間のストーブをつけ、台所で炊飯器のスイッチを入れ、そしてお湯を沸かし始めた。
「うち、コーヒーないんだ。紅茶でいい?」
「うん、紅茶も好きだから。」
由美は戸棚からおしゃれなティーポットを出すと、何か高級そうな缶に入った紅茶をティースプーン三杯入れた。そこへお湯を注ぎふたをすると上からキルトのカバーを被せた。
「なんか本格的だなあ。」
「うちのお母さん紅茶大好きでね。小さいころからずっとこう。 洋平君だって家でコーヒー豆を挽いて、布ドリップ?なんでしょ。」
「まあ、そうだけど…」
二人で紅茶を飲みながらしばし無言になる。ほぼ同時にカップをソーサーに置く。
「おいし…」「来…」
同時に話だし、お互いに引いて口ごもる。
「あ、ごめん。何?」
「あの洋平君先に…」
「いや、俺はただ紅茶おいしいなって… 何?由美ちゃん。」
「うん。発表会、来週なんだけど、洋平君来れる?」
「もちろん行くよ!なんで? もう行くって言ったじゃない。」
「うん… でも、腰、大丈夫かなって… ずっと座ってるのつらくないかなと思ってさ。」
「そのくらい何ともないよ。もう大分いいんだ。 もうすぐ松葉杖もいらなくなるみたいだし。」
「それならいいけど。無理しないでね。」
「無理なんかじゃないよ。座ってつらかったら横になって聞くから。」
「それはちょっとまずいんじゃないかな。」
「冗談だよ。大丈夫。絶対行くから。」
「うん。よかった。」
また二人紅茶を飲み始めると、玄関でドアが開く音が聞こえた。
「あ、お母さん帰ってきた。」
由美は立ち上がり居間のドアを開けた。
「お帰りなさい。」
コートを脱ぎながら由美の母親が入ってきた。
「ただいま。あ、洋平君、いらっしゃい。」
「こんばんは。お邪魔してます。」
「災難だったねえ。大丈夫なの一人で歩き回って?」
「はい。何とか。学校にも行けますし…」
「そう。でも気をつけなさいよ。腰は大事だから。 今ご飯支度するから食べていきなさいよ。」
「いえ、これで失礼します。」
「遠慮しなくていいのよ。大したもんはないけど。」
「うちでも支度して待ってますから。」
「そう… じゃ、由美バス停まで送ってあげなさい。」
洋平は由美に付き添われて玄関を出ると、見送る由美の母親にもう一度挨拶しバス停へ向かった。バス停に着くともうほとんど人通りはなく、時折車が数台通るだけだ。
「由美ちゃんもう戻っていいよ。」
「うん、でもバス来るまで。」
そういうと洋平の腕にしがみついた。洋平も抱きしめたいが松葉杖が邪魔で腕が使えない。しょうがないから、由美の頭に自分の頭を寄り添わせる。すると坂の下から昇ってくるバスのライトがあたりを照らした。由美は洋平の腕を放すと、正面に立ち洋平の唇ににキスをした。
「じゃ、また明日。」
「また明日。」
洋平も由美の唇にキスを返した。
続く・・・
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