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HATSUKOI 1981 第30話

   第30話 体育祭


 10月に入り、あちこちの学校で体育祭が始まった。体育の日を挟んで約2週間に集中する。洋平の高校は毎年体育の日当日だ。市で一番古い高校なので、伝統を重んじ、バンカラな風潮がある。体育祭の種目も伝統的な棒倒しに騎馬戦がメインだ。去年どこかの高校の騎馬戦で、落ちた生徒が半身不随になるという事故があったため、危険な種目は無くそうという話もあった。しかし、洋平の高校の伝統名物種目でもあり、OBや生徒たちが強く希望したため続行が決まった。洋平は足が速いので、当然リレーの選手だが、今年は騎馬戦の騎手にも選ばれた。
 剣道部に復帰はしたが、大分体がなまっている洋平は、受験勉強の気分転換がてら、毎晩家から鮫の港の突端にある蕪島までランニングを始めた。人気のない第一魚市場の脇を抜け、船溜まりを左に眺めながら、海水浴場の防波堤に沿って島へ渡る。昔は吊り橋だったらしいが、洋平は写真でしか見たことがない。今は防波堤として埋め立てられ、橋というより普通の道路。その道路の東側に砂がたまり海水浴場となっているのだ。島全体がウミネコの繁殖地として特別天然記念物に指定されている。頂上には蕪島神社があり漁師たちが大漁祈願、海の安全祈願をする信仰対象となっている。急な石段を神社まで駆け上がり、お参りする。体育祭の必勝祈願と由美とのこと… 

『ん?確かここ弁天様だったな。                     女性関係は弁天様が嫉妬して引き裂くって誰か言ってたような…』

とりあえず必勝祈願だけにしてまた石段を駆け下りた。
 そんな付け焼刃なトレーニングを一週間ほどして洋平は体育祭に臨んだ。本当は由美に自分のかっこいいとこ見せたいと思ったが、由美の高校も体育祭で応援には来られない。その代わりに由美はフェルトで、鉢巻まいたウサギのマスコットを作ってくれた。それをお守りとして首に下げている。ただちょっとはずかしいからシャツの中だが。
 全員参加の100m徒競走は、走ったメンバーに陸上部がいなかったため楽勝。リレーは惜しくも優勝できずクラスは2位。昼ご飯を友達と食べ、ほかの種目の応援をしていると、騎馬戦の呼び出しアナウンスがあった。いよいよ最後の種目だ。開場のラグビー場に学年関係なく、各クラスの騎馬が整列した。洋平はクラスの中では重量級の柔道部の高橋、遠藤とラグビー部の吉田の騎馬で挑む。だが三年生の騎馬はどれも強敵だ。柔道部、相撲部、剣道部、ラグビー部などのレギュラークラスの先輩たちが組んでいる。上に乗ってる騎手もみんな大柄だ。洋平はそんなにチビではないが、中に入ると一回り体が小さく見える。
 基本ルールはほかの騎手の鉢巻を取ったら勝ちと通常の騎馬戦と一緒だが、洋平の高校はバトルロイヤル。白組紅組とか団体対抗戦ではない。他の騎馬はすべて敵。最後に残った騎馬が優勝だ。審判長からのルール説明が終わると、みんなグランドの縁に騎馬を組んで整列し、ピストルの合図とともに一斉に走り出した。三年生は要領が分かっている。最初に一、二年生の弱そうな騎馬を他の騎馬と組んで潰していく。そして残った三年生同士で決着をつけるのだ。当然洋平の騎馬も狙われた。三年生の二騎に挟まれ逃げ場を失くす。一騎が正面から襲い掛かる。鉢巻を取られなくても、騎馬が解けたら負けなので、体の大きい三年生たちは、図体を利用して文字通り潰しにかかる。洋平は片手で自分の鉢巻を守りながら体をねじって、何とか攻撃をかわす。それでも覆いかぶさって潰そうとする相手をレスリングの反り投げの要領でうっちゃり投げる。そして崩れた相手の鉢巻を取る。このやり方がはまった。意図的に作戦でやったわけではない。偶然、本能的に出たのだ。洋平はそのままどんどん他の騎馬を倒していく。考えている余裕なんてない。ただひたすら、がむしゃらに勝ち進んでいく。勝ち取った鉢巻がどんどん増えて行く。気が付くともう騎馬は洋平の騎馬を入れて四騎しか残っていなかった。ぶら下げている鉢巻を見る限り、少なくとも洋平は十騎以上を倒したはずだ。すると、優勝候補の三年生の騎馬、明治大学にラグビーで推薦が決まったと言われている本郷先輩が乗った騎馬が近づいてきた。

「二年生、よくがんばったな。でもこれまでだ。」

騎馬ごと体当たりすると、ほかの騎馬同様、上からのしかかってきた。洋平はさっきまでと同じ戦法でかわそうとしたが、力が強くうっちゃれない。肩をつかまれ鉢巻に手がかかった。

「くそっ!」

洋平は本郷先輩の体にしがみつき胸を合わせると無理やり体をひねり、体を入れ替えた。次の瞬間、本郷先輩は背中から地面へ落ちた。

「うあっ… ちきしょう!やられた!!」

悔しがって、地面を拳で叩く本郷先輩の脇で、一緒に落ちた洋平は腰を抑えてうずくまっていた。それに気が付いた本郷先輩は立ち上がりながら、洋平に声をかけた。

「おい。大丈夫か?」

「はい。たぶん…」

立ち上がろうとした洋平だが、腰に激痛が走る。

「ううっ…」

腰に力が入らない。足にも感覚がない。

「無理するな。おい、担架もって来い!」

本郷先輩が大声で叫ぶと、すぐに救護班が担架を持って駆け付けた。そして洋平を担架に寝かせようすると、何かが洋平から落ちた。

「あ、それ…」

痛みに顔を歪めながらも洋平が手を伸ばすのに気付き、本郷先輩は紐の切れたウサギのマスコットを拾い、洋平に渡した。
 保健室の前は、結構擦り傷などの怪我をした生徒たちで行列ができていたが、本郷先輩は並んでる生徒たちを押しのけて、奥へ進み診察室のカーテンを開けた。

「先生、急患です。こっちさきみてください。」

「もう、本当に乱暴ね、本郷君は。                     ちょっと待って、これだけ済ませるから。」

保険の先生は、消毒していた生徒のひじに絆創膏を張り、傷口をパシッと叩くと、治療していた生徒を追い出した。

「このくらいで来るんじゃないの!はい、急患さん連れてきて。」

本郷の後ろで担架に乗せられ、背中を丸めている洋平を見て驚いた。

「どうしたの?」

「俺をブン投げて、一緒に地面に落ちたんだ。」

「え?本郷君をブン投げた?すごいね、君。で、どこが痛い?」

ベッドに移された洋平に声をかけると、

「腰が。あと、足に力が入らないんです。」

「そう。落ちた時腰打った?」

「いえ。本郷先輩の上だったんで… ただ、投げるとき、思い切り背中そらして、腰をひねったんで… そん時痛みが。」

「うーん。腫れてるわね。とりあえず湿布するけど、           すぐ病院行ってレントゲン撮ったほうがいいわね。             今タクシー呼ぶから。」

「タクシー?救急車じゃないんですか?」

本郷が聞くと保険の先生は、

「今、体育祭中でしょ。                          ここにサイレン鳴らして救急車が来たら大騒ぎになるわ。」


                          続く・・・

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