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HATSUKOI 1981 第41話

  第41話 思い出づくり  


 二月になり、洋平は焦っていた。奨学金も降りることが決まり、由美の留学は確定した。三月、終業式が終われば、由美はもう東京へ出発する。もう二人で過ごせる時間は残り少ない。とにかく一緒に居る時間を増やしたい。今まで意識して、『思い出づくり』しようなんて考えたことはなかった。ただ一緒に居たい。その思いだけで行動していた。しかし、これから先、離れ離れの時間をどうやって生きていけばいいのか… そう考えると、この先感じるであろうさみしさを埋めるための何か、そう『二人だけの思い出』を作りたい。そう思うようになった。二月末になれば期末試験があって、ゆっくり会える時間が減る。今のうちに何かないかと考えた。
 そんなとき高校の廊下で、あるポスターを見かけた。

『えんぶり』

八戸の郷土芸能だ。洋平の住んでる鮫には『鮫神楽』、となりの湊には『流し踊り』があり、小さいころから祭りで見ている。えんぶりは、幼稚園で烏帽子とか紙で作った気がするが、地元じゃない長者山を中心とする『えんぶり』にはあまり縁がなかった。小学校の頃、講堂でショー的に見せられたことはある。二、三年前に重要無形民俗文化財になり、かなり宣伝するようになってきたが、実際のお祭りには一度も行ったことがない。

『これ、いいかも…』

祭りの日は2月17日。朝の7時から長者山。その後市街地でえんぶり行列。しかし水曜日の平日だ。洋平はちょっと迷った。以前何度か部活はサボったが、授業をさぼるのはかなり勇気がいる。由美にもサボらせなくちゃならない。とりあえず本人に聞いてから決めようと学校帰り公園で由美を待った。いつもの時間に白い息を吐きながら現れた由美に洋平は切り出す。

「ねえ、由美。えんぶり見たことある?」

「うーん、ちっちゃい時お父さんに連れられて                          見に行った時の写真があるけど、あんまり記憶にないな。                  でも、どうして?」

「来週、えんぶりなんだ。                                         俺、お祭り行ったことないし、一緒にどうかなって。」

 「いいけど、いつ?」

「水曜日。しかも朝七時から午前中…」

「えっ!?平日じゃない。」

「そうなんだよね… でもさあ… 」

「でも、なに?」

「一緒にするイベントっていうか… もうないじゃない。」

由美はさみしそうな洋平の口ぶりに黙り込んだ。洋平は少し考えて口を開く。

「いや、大事な時期だし、                        学校サボるのはやっぱりよくないな。                      やめとこ。」

洋平が諦めると、由美はちょっと怒った口調で、洋平のおでこを小突きながら言った。

「またー!この優柔不断!                                      自分で誘っといて、そんなこと言わないの。                            初デートん時から何にも変わってないんだから!                        いいわよ一日くらい。」

「え?ほんと?OK?」

現金な洋平は、一気に満面の笑みになった。

 祭り当日、洋平と由美は始発のバスに乗り、町中廿六日町で降りる。長者山新羅神社まではちょっと歩かなきゃならないが、高校生にとっては大した距離じゃない。長者山に近づくとだんだん人が増えてくる。朝かなり早いが、結構な人出だ。神社に着くとたき火が炊かれておりみんな火を囲んで暖を取っている。二人も始まるまで火にあたる。少しして奉納えんぶりが始まった。ほとんど知識がないので、最初はただ踊りを見ていたが、途中もらったパンフレットを見ながら、地元の物知りおっちゃんの説明を盗み聞きする。えんぶり組は町内ごとにあるらしく、さらに長者小学校や中学校にもクラブがある。えんぶりの踊りは踊ると言わず「摺る」という。ゆっくりな『ながえんぶり」、勇壮な『どうさいえんぶり』。踊り手は『太夫』といい、烏帽子をふりジャンギと呼ばれる杖で地面をついて春を呼び起こす。『摺り』の合間に『恵比寿舞』や『大黒舞』の祝舞』さらにちびっ子たちの『エンコエンコ』。お囃子を聞いているとつい体が動く。洋平はまねて頭を振ってみる。由美も子供たちのしぐさをまねてみる。奉納えんぶりの間も由美は持ってきたカメラで写真を撮っていたが、終了後頼んで一緒に記念撮影。しばらく休憩後えんぶり組は行列のため市の中心街へと移動。洋平と由美も歩いて町へ向かった。
 えんぶり行列が始まると一緒について回る。もう、一度見ているが、町中だとまた雰囲気が違う。交通規制して車の来ない道路を行列が行く。要所要所で繰り広げられる一斉えんぶりは圧巻だ。観光客も町中でカメラのシャッターを切る。夏の三社大祭のような華やかさはないが、素朴で力強い祭りをみんな堪能した。最後に行列が三八城神社に参拝して終了。
 もう昼近かった。洋平も由美も朝ご飯も食べずに来たから、腹ペコだ。繁華街だと学生が日中サボってうろうろしているのは目立つので、裏路地に入った。義人に教えてもらった、例のトロトロカツ丼の店へ向かう。寒さに鼻とほっぺたを真っ赤にしながら二人は店に入り、洋平はカツ丼、由美は親子丼を頼む。お茶をすすり、鼻をかみながらさっきまで見ていたえんぶりの話で盛り上がる。出てきたどんぶりをかっ込むと、体があったまって二人とも顔がほてり、真っ赤になったお互いの顔を見ながら、笑い合う。この後の親への言い訳も、明日学校の先生への言い訳も、この時には全く考えてはいなかった。


                         つづく・・・

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