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尾鷲/再生の森にて。

2024年の2月17日と18日。
三重県尾鷲市で開催された
森林再生のワークショップに参加した。

「生物多様性」という言葉をご存じだろうか?

Biological Diversity.
多様な生物がバランスを取りながら機能している
複雑な生態系そのものを指す言葉だ。

「SDGs」関連で耳にすること多いが、
生活の中にはあまり登場しないワードだ。

エコな暮らしとは距離のある私だが、
不思議な直感と縁に導かれ
気付けば尾鷲の森に立っていた。

DAY1

桧の木が立ち並ぶ尾鷲の森

このワークショップは、
尾鷲の森にいかにして生物多様性を
取り戻していくか?がテーマだ。

林業により人の手が入った森は、
山の斜面の形が変わり、
降雨による水流が急激になることで
沢に土砂が溜まったり
水が地下に潜ったりする。

地下に潜ってから湧きだした水の様子

昆虫や小動物などの小さな生物たちが
棲むには難しい環境になり、
やがて生物多様性が失われていく。
川の水質も悪化し、流れが行き着く
海の生物にも影響してしまうのだ。

そんな森から海へとつながる生態環境を
元の状態に戻す取り組みが、
ここ尾鷲の森で行われている。

今回参加したワークショップでは、
杭や落ち葉、枝などで作る砂防施設
「しがら」作りを体験させてもらった。

作業の前に、まずは尾鷲の森を散策し、
現状についてのレクチャーを受ける。

伐採後の切り株に新たな木が育つ「切り株更新」

さまざまな菌類やコケ類が
それぞれの役割を果たしながら
命が循環していく様子を見る。

大岩に根をはる小さな木の芽。
こんなところで木が育つの?と思うが、
岩はミネラルの塊なので
立派な木が育つと聞き、得心した。

九鬼の集落と海を望む

沢から少し上った展望スペースからは
九鬼の集落と入り組んだ湾が見えた。

海までは直線で3㎞もなく、
山と海が直結した珍しい地形だ。

戦国時代に活躍し、
織田信長と共にかの村上水軍と戦った
九鬼水軍の拠点だった港町。

人と自然の関わりあい、
長い営みの積み重ねが
この山と海の間にあった。

先人たちが築いた石組みの砂防施設

「開発」や「経済発展」と
「環境保全」や「自然保護」。

ベクトルが逆なだけで、
どちらも人間の都合を
言っているに過ぎない。

悠久の時を経れば、
自然はあるべき姿に戻る。
ただ、その時にはもう
人間はいないかもしれない。

これからも、人間が地球で
生きていけるようにするには、
何をすべきか。何ができるのか。

「自分はまだ、何一つ分かってない」

そんなことを感じた時間だった。

「しがら」の様子

午後になり「しがら」組みの作業がスタート。

しがら=柵(しがらみ)。
「しがらみ」とは、制約がある状況の
喩えに使われる言葉だが、
語源はこの構造物にあるそうだ。

林道によってえぐられた斜面は
雨が降るごとに削れ土砂が流れ出す。
それを食い止めるのが「しがら」だ。

斜面の前に杭を打ち、横木を噛ませ、
その隙間に小さい枝や落ち葉を詰めていく。
落ち葉や枝が土砂が流れるのを食い止め、
水の流れをゆるやかにしてくれる。

やがて落ち葉や枝は土に還り、
新たな植物が根をはることで
適正に水が流れる地形となるそうだ。

現場には小さい枝や落ち葉が用意され、
自身が担当する区間(幅60~70㎝程度)に
小枝を組んで落ち葉を詰めていく。

よい「しがら」の条件としては
枝が入り組んで崩れないことと、
隙間なく落ち葉が詰まっていることだ。

この枝を組み落ち葉を詰める作業が、
何とも言えず楽しいのである。

枝の太さや形はバラバラだし、
組み方にルールはない。ただしコツはある。
枝と横木、背面の土をうまく利用し、
テンションがかかる位置をさがす。
編むように枝を絡ませ、
その間にまた枝を入れていく。

「ここがいいか」
「いやここじゃ外れるか」

試行錯誤しているうちに
なんというか、心が「無」になるのだ。
いわゆる動的瞑想のような
癒しの効果があるのかもしれない。

当日の天気はあいにくの雨だったが、
レインコートを優しくたたく
パラパラという音も心地いい。

作業に没頭しているうちに
アッという間に時が経ち、
1日目の作業は終了した。

中途半端な姿勢をキープしていたので
腰の痛みがハンパない。

最後に先生のチェックがあり、
枝の本数が少ない&落ち葉が詰まってない
との指摘を受けた。ちょっと悔しい。
明日も頑張ろう。

DAY2

前日の夜のお酒が少し残っていたが、
比較的爽快に目が覚める。ただ腰は痛い。

懸念されていた雨もやみ、
「しがら」組み作業の続きだ。

前日に注意された点を意識し、
枝と落ち葉を多めに詰めていく。

昨日よりも高く積みあがった「しがら」

作業にもだいぶ慣れてきて、
昨日よりも上手にできるようになった。

小さい頃に砂場で山を積んだり、
トンネルを掘ったりして
遊んでいたころの感覚を思い出す。

土や落ち葉に触れ、
枝を折っては編んでいるうちに、
心に溜まった人の毒が
山に吸い込まれていくようだ。

まあ、なんというか、
地球と繋がっている感というか
自分も自然の一部なんだぜ
というごく当たり前の感覚が
戻ってくるんじゃないかな。

九鬼の港の風景

作業が一段落したところで
九鬼の集落を案内してもらった。

九鬼の海には堤防がなく、
岸即海という珍しい海町だ。
小さい港があり、そこから山の斜面に
密集して家屋が並んでいる。

狭い路地や階段には石畳が敷かれているが
かなり古い時代からあるものだそうだ。

美しく切り出された石で築かれた石垣

急な階段を登った先には廃校舎があり、
校庭からは町と海が一望できた。

視線の先は、さっきまで作業していた森

仕事柄、さまざまな町を見てきたが、
九鬼はどこにも似ていなかった。
地形が独特というのもあるが、
「かくれさと」的なものを感じた。

鰤漁で栄えた町の家屋は
立派なつくりのものが多く、
この町が裕福であった証なんだとか。

境内にあったクスノキの巨木

町を見下ろす位置にあるお寺には
巨大なクスノキがそびえたっていた。

木には蔦が巻き付き、
他にもいくつかの別の植物が
共生しているようだった。
虫や鳥、小さな生き物たちが
この木にと共に生きている。
ここにも、小さな生態系が息づいていた。

最後に。

森の作業場に戻り、
一緒に作業をした皆さんにご挨拶。
気のよい方ばかりで、
自然体で過ごせたのも有難かった。

ワークショップで一番印象に残ったのは
「小さな森を少しずつ、いくつも作っていこう」
という先生の言葉だ。

いきなり森の全てをケアできるわけではない。
「しがら」を組み、沢から土砂をかき出し、
水の流れを整えることで、
そこに水たまりができ、草木が広がり、
小さな生き物たちが集まりだす。

命が循環するスポット=小さな森を、
森の中に少しずつ、いくつも作ってく。
その数が増えれば、いつか
森全体に生物多様性が戻ってくる。

2日間の作業の進み具合から考えると、
ちょっと気が遠くなる話ではある。
しかし、そうやって小さなステップを
積み重ねていくしかない。
どんな壮大な計画も一歩一歩だ。

真夜中のヘッドライトは、
目の前の道しか照らさない。
不安になることもあるけれど、
いつか目的地にはたどり着く。

帰り道、一人で高速を走りながら
そんなことを思った。

いつかまた、尾鷲の森を訪れてみたい。



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